皆さんには何か不快に感じたり、嫌だと思う物事はあるだろうか。中でもゴキブリとか戦争とか、一般的に嫌だというものではなく、一般的には普通だったり好ましいものでも、自分は嫌だと感じるもの。ぼくは昔から水が嫌いだった。泳ぐのが苦手だからだ。だから、テレビとかで大海原にただ一艘浮かぶ船を見ると、たとえ画面越しだとしても、沈んだらひとたまりもないな、とぞっとしてしまい、思わずチャンネルを替えてしまう。

　英語では、水嫌いや船嫌いを表す言葉があるらしい。水嫌いは「aquaphobia」、船嫌いは「naviphobia」と言うのだそうだ。-phobiaはギリシャ語のphobos（＝fear）に由来し、一種の精神失調(anxiety disorder)という意味合いで用いられる。そう思うとぼくの場合は水や船を見ただけでパニックになることはないから、大袈裟な表現なのかもしれないが。調べてみると厖大な数の-phobiaがあることが分かった。

　”８”という数字に恐怖を覚えるOctophobia, ハロウィンが怖いSamhainophobiaなど、こんな事にも特筆して名前が付けられているのか、と思うものばかりが羅列されていた。特に、長い単語に恐怖を覚える現象を意味するHippopotomonstrosesquipedaliophobiaは「やりすぎでは？」と思ってしまった。

　一方で、皆さんはphobiaの対義語を知っているだろうか。それはphiliaである。ギリシャ語で「愛（隣人愛、友愛）」を意味し、philosophy（哲学）（soph（知識）をphilo-（愛する））などに用いられる。-phobiaと同じように、語尾に-philiaを纏う単語も多く存在し、affinity（親和性）、preference（嗜好）、attraction（魅惑）などの意味を付加する。

　ぼくは楽しくユニークな言葉たちを眺める反面、その単語の数の多さに多様性を感じ取った気がした。世の中には、世の中に住める人の数の分だけ嫌いなものがあって、ゴキブリや戦争など大多数の人が忌避したくなる事柄は常識として認知され、８が嫌いとか、ハロウィンが嫌いとか、ある一部の人にしか共感し得ない事は珍妙なもの、異端なものと扱われる。一方で、個人の好きなものに関しても、それが社会的に共感を得られないものであれば、奇妙な目つきで、ともすれば嘲りの対象ともなりかねない。だからこそ、現代の世の中にはたくさんの-phobiaや-philiaが生まれ、言葉としてその個性を確立することで、その言葉に共感する僅かな人々が細々と繋がって、世知辛い社会を生き抜いているのかな、と思った。そしてこの社会が、そのようなすべてのマイノリティの方にとっても生きやすいようになれば良いなと思った。

　相変わらず今日も思考の沼に嵌まってしまった笑