極小規模ミッション:インポッシブル

11月11日
朝8時、品川のカフェ集合。

昨日美味しいお鮨をご馳走してくださったプロデューサーから仕事をいただいた。
ネット番組のスタッフとして動いてほしいという。
いわゆるAD業務だが、元の会社で本業的にでなければ無理なく働けるし(精神的にも肉体的にも)、就職している会社は絡んでいないし、ということで依頼を受けた。
その制作打ち合わせとして、早朝に召集がかかったという次第だ。
最近、『朝』とカテゴライズされる時間帯にまともに起きれていなかった私だが、ベーカリーカフェでの打ち合わせということもあり、焼きたてパンの『美味しい』を脳に伝達する嗅覚と味覚がフル稼働したおかげで苦ではなかった。

仕事自体は、今まで出向先でしていた内容に比べれば屁でもないほど容易い。
しかし、まさかの事態が起こった。
ディレクターが私の就職した会社の人間だったのだ。
何この悪魔的運命……詰んだ……。
ヒクヒクと顔を引きつらせたまま名刺を受け取ったのだが、私がワケありであることを事前にプロデューサーが伝えてくださっていたので安心していいと仰ってくれた。
肺の奥底から安堵の溜息が出た。

順調に打ち合わせが終わり、2時間もしないうちに解散した。
私はフリップを作成するために、東急ハンズへ貼りパネを買いに行った。
日曜の昼前、電車は座れることが多いので乗るのが楽しい。
などとチープな感想を脳に浮かべながら硬い座席に腰掛け、文庫本を読んでいると、前方から視線を感じた。
目線を上げると、向かいの座席に座ってる人が小さく手を振っている。
本の世界から現実へ戻るまでに時間を要したが、数秒してじわっと嫌な汗が出た。
まずい、本業の関係者だ。

厳密に言うと、その男性は外部の制作会社のディレクターで、特定の番組でのみ一緒になる方だった。
なので、今私がこの電車に乗っていることに対し、「休みだから出かけるのかな?」くらいにしか思わないだろう。
しかし、私は今うつ病で休職の身。何かの話の流れで「あの子この間普通に有楽町線乗ってましたよ」なんて職場の人間にバレたら大変まずい。
いや、うつなのは紛れもない事実だが、「あいつ働けんじゃねえか」とか誤解されてしまった場合、言い訳をするにも脳みそを使うためものすごく厄介だ。
そこで私は、今うつ病で休職中であること、そして「日曜の朝早くなら人が少ないから、外出する良いリハビリになるだろう」と友人の計らいで数刻前までモーニングをしていたということなど、あることないこと伝えた。
これで万が一が起きても、まあなんとか切り抜けられるだろう。
その人は「お大事にね」と笑って途中の駅で降りていった。

迂闊だった。
そうか、世間は休日なのか。
職場の人だって、仕事がなければお台場にいるとも限らないだろう。
なんなら休日の池袋の方がうっかり出会ってしまいそうで怖い。
ヒヤヒヤ体験をしたばかりの私は、周囲に細心の注意を払いながら東急ハンズへ向かい、5分で買い物を済ませ、とっとと家へ帰った。

いやー怖かった。
外がこんなに怖いなんて想像もしていなかった。
いつ誰に見られているかわからないという恐怖を初めて感じた日曜の昼下がり。
スパイって任務の時、毎回こんな感じなのかしら?
実家近所のレンタルビデオ店『ジョイフル』で父さんが借りてきた『スパイキッズ』を観た後、安直に「私もスパイになりたい」という願望を抱き、しばらく外で遊ぶときに壁伝いに歩いていた幼い頃の自分の頬を今すぐビンタして、「目を覚ませーっ!命を!心臓を!大切にしろーっ!」と叫びたい気持ちになった。

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