見出し画像

ソウルフードとしての袋麺

 近所のスーパーのチラシをチェックしていたら、サンヨー食品「サッポロ一番みそラーメン」5袋入りを安売りしていた。「おお、袋麺なんて久しく食ってねえなあ」と買ってみたが、パッケージのデザインもほとんどあの頃のままのように見えて、懐かしい。

 私が小学生だった昭和真っ盛りは土曜日も学校があった。給食が出ない私立だったため、母親は週に6日も毎日お弁当を持たせてくれていたことになる。当たり前のように思っていたが、本当にありがたいことだとしみじみ思う。

 日曜日には両親はいつまでも起きてこない。いつしかサッポロ一番みそラーメンを作って、弟と分け合うことが定番になっていた。美味しく楽しい思い出だ。いまの外袋は「みそラーメン55周年」と謳っているので、当時は「新登場」の食品だったのだな。

 30年ぶりくらいに食べたみそラーメンは、食感も香りもあの頃のままで「すごく美味い」ことはないが、「うんうん、これこれ、これだったよね」という懐かしさに満たされる食事になった。思い出の味はソウルフードである。

 「懐かしい味」は、幼い頃に食べたものには限らないようだ。

 私の曽祖父は宮崎県の出身だ。しかしもはやあちらにいるであろう親戚ともまったく没交渉なので、40代の頃に仕事で滞在するまで宮崎に行ったこともなかった。
 
 その宮崎滞在中にハマったのが地元名物「冷汁」である。アジやきゅうりを味噌仕立ての冷たい汁に入れてご飯にかけるという素朴な料理。これがすこぶる美味しくて、ホテルの朝食バイキングだけでなく夜の居酒屋でもメニューにあれば欠かさず食べていた。「やっぱり先祖のDNAがこれを覚えているのかねえ」と現地組の同僚と笑いあったものだ。

 “インスタントラーメンの父”とも言われる日清食品の安藤百福さんは、晩年に「どのラーメンが好きですか?」と聞かれた際に「チキンラーメンとカップヌードル」と答えていたそうだ。あれだけ多彩に展開していた日清のラーメンなのに、やはり若い頃に苦労して開発して食べていたものは“ソウルフード”として魂に刻まれていたのだな。
(23/11/20)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?