映画『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を観た日記


2017年10月5日
、アメリカの新聞ニューヨーク・タイムズからハリウッドの超大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性加害についての詳細な調査報道が公開された。
氏が長年にわたり、数多くの俳優、自らのオフィスの社員等に対しセクハラ、性暴力をおこない、しかし被害者たちは莫大な金銭と交換に「秘密保持契約」を結ばされてきたこと。多くの当事者のみならず周囲の人々も、強大な権力に対して口をつぐんできたこと。

この報道をきっかけに現在にまでつづく大規模な#MeTooムーブメントが生まれていき(※)、ワインスタインのみならず数多くの映画人(の男性)が告発を受け、日本の映画界でも園子温、榊英雄といった面々が告発報道されたのは、それなりに周知のとおり。
もちろんコトの根本は「映画界」だけではなく。
現在の社会が男性優位に作り上げられ、それを「ふつう」と思って無自覚に、あるいは自覚的に、権力を行使している人間のいる場所、異性を人格でなく「性欲の対象、モノ」とする視線のある場所・・・それはどこにでもある。日本でも文学界に、演劇界に、、、告発は相次いでいる。

※「MeToo」というキーワードはこれ以前の2006年からあり、発案者はタラナ・バーク。


見れば見るほどうんざりする。事の醜悪さに、だけではない。自分が加害者の心理を相当量たどることができる、という事実にだ。


本作は、2017年10月5日に第一報がなされるまでの、およそ半年間にわたる調査の物語。


2023年4月3日(月)下高井戸シネマで鑑賞

映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性的暴行を告発した2人の女性記者による回顧録を基に映画化した社会派ドラマ。

ニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターは、大物映画プロデューサーのワインスタインが数十年にわたって続けてきた性的暴行について取材を始めるが、ワインスタインがこれまで何度も記事をもみ消してきたことを知る。被害女性の多くは示談に応じており、証言すれば訴えられるという恐怖や当時のトラウマによって声を上げられずにいた。問題の本質が業界の隠蔽体質にあると気づいた記者たちは、取材対象から拒否され、ワインスタイン側からの妨害を受けながらも、真実を追い求めて奔走する。

「プロミシング・ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガンと「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」のゾーイ・カザンが2人の主人公を演じる。「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」のマリア・シュラーダーが監督を務め、ブラッド・ピットが製作総指揮を手がけた。

2022年製作/129分/G/アメリカ
原題:She Said
配給:東宝東和
劇場公開日:2023年1月13日

「映画.com」より https://eiga.com/movie/98090/

原作はジョディ・カンター&ミーガン・トゥーイー共著、古屋美登里 訳
『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの戦い(新潮社2020年刊、2022年文庫)。
原題は『SHE SAID』で本も映画も同じ、邦題は内容がわかりやすいようにどちらも手が加えられている。
この著者ふたりがニューヨーク・タイムズの記者にして、そのまま映画の主
人公。

性被害を扱った映画だけれど、直接的なシーンは一切ない。

「私はこの世界にこれ以上のレイプシーンを増やすことに興味はなかった。もう十分」

マリア・シュラーダー監督の言葉。パンフレットより

勿論倫理的に、撮影的にもそうだし、
アマプラやネトフリの視聴分析を見たことはないけれど、内部のひとはきっと映画の「エロいシーン」での数字の跳ね上がりを見てるんじゃないか。
このテーマでも、どんな描き方でも、ひとたびシーンがあれば、文脈を離れてポルノにされる可能性があると思うから。

落ち着いて見られた・・・というと語弊があるのだけど、この判断はとてもありがたかったと思う。


ワインスタイン事件のもう1冊+α

じつはワインスタイン事件を扱った重要な本はもう1冊あり、劇中でも著者の名前が出ている。
ローナン・ファロー著、関美和 訳『キャッチ・アンド・キル』(文藝春秋、2022年刊。原著2019年)。
ジョディ&ミーガンと驚くほど同時期に調査を進めていたファローが、ニューヨーカー誌に掲載した記事をもとにまとめあげたもの。第一報は逃したものの、こちらの営為もすさまじく、併せて読むとクロスする部分も多く、より立体的に事件が見えてくる(凄惨な描写を二度読むことにもなるが)。

『その名を暴け』よりもサスペンス&エンターテインメント性が強くて、ワインスタイン側の雇った諜報員に付け狙われていたことや、はじめ所属していたテレビ局NBCで報道するつもりが、雲行きの怪しくなっていく過程、さらにはプライベートでの恋人とのひととき、などなど。

(ちなみに周知のことでもあるが、ローナン・ファローはミア・ファローとウディ・アレンの息子で、ウディは養女への性的虐待疑惑がMeTooムーブメントで再燃・・・というのは、同じく文藝春秋から2021年に出た猿渡由紀『ウディ・アレン追放』に詳しい、らしい。読んでない。
また、ローナン・ファローはゲイを公表している)

先にも書いたが、読後感として「所属している組織への信頼感」の違いは大きい。『キャッチ・アンド・キル』はそこがサスペンスで次々と信頼できる相手が消えていくが、『その名を暴け』=『SHE SAID』では編集部はあくまでも、巨悪にひるまず正確で公正な報道を旨とするヒーローなのだ。
(※ちなみに勘違いしそうだが「キャッチ・アンド・キル」(捕まえて殺せ)というキーワードはあくまで比喩で、告発しそうな人間を見つけ次第「秘密保持契約」を結んで黙らせろ、という意味)

こう説明してみると、映画版にはサスペンス要素と、記者2人のプライベートパートが多く取り入れられていることに気づきますね。ある種、キャッチ・アンド・キルとの融合かも。
ミーガンを演じたキャリー・マリガンは、ミーガン家の近くに引っ越して、徹底的にリサーチをしたのだとか。

この映画には、告発したアシュレイ・ジャッドが本人役で、またグウィネス・パルトローも声の出演をしている。
パルトローがワインスタインからセクハラを受けたのは、ブラッド・ピットとの交際中のことだった。本作を制作したプランBエンターテインメントはブラピの会社。製作総指揮としても名を連ねている。

予告編には本編に出演していない被害者本人が語っているバージョンもある。


まとまらない


さて、メモメモメモでおわりだけど、性加害について、作家の柚木麻子さんが超絶ファンを続けてきた香川照之の報道に接した際の文章をひいておく。

 「彼」自身がどうして自分が加害に至ったか、どんな心情だったか、そして今、何を考えているのか、自分の言葉で語るべきなんじゃないのか。

以下のエッセイより。


原作は文庫で580ページほどあるので、気になった方はまず映画で、ぜひ。



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