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カーボンリサイクルとプチ復習

日経新聞を読んでいたら、「三菱ガス化学、工業地帯CO2を資源に 水島で地産地消へ」という記事があった。

ほうほうと興味をひかれながら読んでみると、脱炭素の文脈で、工場で排出される二酸化炭素を回収してメタノールへ生成し、医薬品や燃料として再び利用しようという試みだそうだ。

炭素を回収して循環させていく。これを「カーボンリサイクル」と云うそうで、経産省の資源エネルギー庁も、近年この概念を打ち出して脱炭素なSDGs社会に向けて動き出している。

「CO2の地産地消」とは呼び慣れないが、なるほど、これまでは出しっぱなしだったものを新たに「資源」とみなして、エネルギー生成の循環を作り出していく。記事も指摘しているように、資源に乏しい日本において、このような資源の「地産地消」は、エネルギー安全保障の観点からも好ましいものだろう。

二酸化炭素といえば通常気体であり、それを再利用するという発想はなかなか浮かばなかったのだが、よく考えたら、もともとの燃料自体が、単なる炭素化合物にすぎないわけである。石油にせよ石炭にせよ天然ガスにせよ、元素的には炭化水素系のバリエーションを出るものではないのであり、これを燃焼、すなわち酸素と反応させてやれば、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)が生成する。ただそれだけの話なのである。

ただそれだけの話を、僕のような文系の人間は普段あまり意識して生きていない。石油は石油であり、脱炭素は炭素を減らすことである。ただの同語反復でしかないし、普段は、いわば言葉の自動機械(宮台真司)になって、うっかり「脱炭素を!化石燃料は有限だ!」と口走ってしまっている。しかし、ここはひとつ立ち止まって、高校の復習と思って、日常言語を化学言語に翻訳しながら、状況を整理してみたい。

メタノールはCH3OHで表される。これが酸素と「出会って」燃焼するわけだから、

CH3OH + O2 → CO2 + H2O

懐かしい化学式だ。思えば高校では化学を選択していた。両辺で原子量を揃えないといけないので、

2CH3OH + 3O2 → 2CO2 + 4H2O

右辺で二酸化炭素と水が生成したわけだが、再度メタノールをつくるときは、記事によれば水素が必要らしい。水素は、二酸化炭素と同時に生成した水を電気分解すればいいだろう。

4H2O → 4H2 + 2O2

こうして、水 4 から水素 4 が生成する。

ところで、二酸化炭素が水素と反応してメタノールに生成する化学式は

2CO2 + 6H2 → 2CH3OH + 2H2O (量を前の式に合わせている)

先ほどの反応では、水素は 4 しかつくられていないのに対して、上の式では二酸化炭素 2 に対して水素は 6 必要となり、2 足りない。あれ、二酸化炭素を回収して水素と再びメタノールをつくるっていうカーボンリサイクルの試みはもしかして効率が悪いか?と思ったが、

実はメタノールと同時に水(2H2O)もつくられており、その水を再び電気分解すれば、ちょうど過不足なく水素が得られることになる。2H2O → 2H2 + O2 だから、4+2 で、水素は結局 6 得られることになるのだ。

いやあ、質量保存の法則っすねえ(しみじみ)。


理論的には、このように、燃料を燃やして出た二酸化炭素を回収して、水素と反応させてメタノールに生成する一連の過程には、ひとつの無駄もなく、質量がちゃんと保存されている。もちろん実際には最初からメタノールを燃やすわけではなく、石油や天然ガスが使われるのだろうが、こうして理論的に単純化して可視化してみると、案外よくできた方法なのだと思わされる。

ひとつ疑問に思うのは、水を電気分解するのに必要なエネルギーだ。ここで電力を余計に消費するなら、せっかくの技術もトータルでは省エネにならない。記事は、太陽光で水素と酸素に分解する人工光合成の技術革新に期待を寄せている。自然エネルギーなので、実現すれば持続可能性の観点からも大変好ましいものだ。ただし現時点では、水素の調達コストは高く、「グリーン水素を安くつくれる海外拠点でメタノールを製造し、日本に輸入する方がコスト面で合理的」な状況のようだ。

ともあれ、「カーボンリサイクル」「炭素の地産地消」という概念は魅力的である。少し話は変わるが、三菱総研の小宮山宏氏によれば、21世紀は人口もモノへの需要も飽和し、たとえば鉄製品をつくるのに新たに鉄鉱石を採掘する必要はほとんどなくなるという。人類はここ200年ぐらいで必要十分量の金属資源を製品として世に送り出してしまったので、今後は、それらを回収してリサイクルするだけで(つまり新たに自然を開拓することなく)、需要に対応できるようになる。「新たに必要とする素材と廃棄される人工物の量が等しい」状況では、鉄スクラップの再利活用によって、資源の循環を達成できる。もちろん、鉄鉱石を鉄に精製するよりも、鉄スクラップをリサイクルする方が、コスト的にも安い。


そういえば最近、産業革命発祥のイギリスで、製鉄所の高炉が続々と休止しているというニュースもあった。製鉄所の経営が、イギリスが植民地支配していたインドのタタ製鉄であるというのも実に因果を感じさせるが、こういうのも、鉄をはじめとした金属資源に対する人類の向き合い方が変わりつつある、ひとつの兆候として読むべきなのかもしれない。有機物についても、今回取り上げたカーボンリサイクルのような流れが、ぜひ日本発で沸き起こっていくのを期待したいと思います。

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