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なぜ素人が山小屋を運営しようと思ったのか【その2】

前回投稿から引き続いて、「なぜ山小屋で働いたことがない素人が、山小屋運営に手を挙げたのか?」について書いていきたいと思います。


○七丈小屋前管理人さんの引退宣言

まずは前回の続きから書いていきたい。
2015年の秋に、お世話になっている経営者のゲストと黒戸尾根に登った。紅葉の美しい秋の日だった。

この時に撮った一枚

いつものようにいろいろな話をしながら6時間ほどかけて七丈小屋に着くと、いつものご主人が迎えてくれた。
この時、ご主人から「花ちゃん、一年たったけどまだいい人が見つからないんだよね・・・」と打ち明けられた。それはそうだろう、と思ったと同時に、この時ピーンと閃くものがあった。
昨年は全く抱かなかった、「自分がやったら面白いことになるに違いない」という直感だった。それはこの直感に至るまで考えていたことが、一本の線でつながるような気持ちでもあった。

○地縁も血縁もない人間は、どうやったら地域づくりに関われるか

前回の投稿でも書いたが、ピオレドールを受賞したあとの心境の変化として、「プレイヤーとしての追求」から「次世代への継承」へのシフトが大きかった。そして同時に、地域に対しても見方が変わった。以前はうまく活用されていない山岳資源が「もったいないなあ」とだけ感じていただけだったが、この頃から「なんとかしたい」と思うようになっていた。

しかし僕は北杜市への移住者、つまり「よそ者」だった。
地方の地縁も血縁もない土地で、何かを始めることは非常にハードルが高いと感じていた。少なくとも当時の心理的なハードルはとても高く、何からやっていいのかよく分からなかった。

いち山岳ガイドとして、この土地の山々や環境の素晴らしさ、実際にそこで活動していることを発信するのは、誰にでもまずできることだし実際にやっていた。フォローしてくださる方は決して少なくなかったので、そういう発信をすることで、ありがたいことに「山岳ガイドとしての仕事」は増えた。

しかしそれは「地域づくり」という視点では、単なる自己満足に過ぎないということも感じていた。例えば実際に「この地域の山に来てもらいやすくする」とか「来訪者数を増やす」とか「観光消費額を上げていく」といった、根本的に何かを変えていくというものには到底アプローチできないと悟った。

そして最終的にたどり着いた結論は、根本的に地域を作っていくには、ひとりでやるのではなく、地元自治体や地域の人々と取り組まなければ何も変わらない、というものであった。

この「仮説」がなぜ七丈小屋の運営という直感に結びついたかというと、それは、七丈小屋は個人が所有する山小屋ではなく、北杜市が所有する公共施設で、指定管理者制度によって運営されているからである。

もしこの山小屋の管理運営ができるようになれば、所有者である北杜市とのコミュニケーションが一気に深くなる。そうすることで自治体や地域を巻き込んだ取り組みができるようになるのではないかと考えた。

○そもそも山小屋の経営って誰がやっているのか

登山者数が多く、営業小屋が多数存在する北アルプスや八ヶ岳、富士山、尾瀬などといった地域の山小屋のほとんどは、その昔オーナー家の先祖が建てて、代々引き継がれているものが多い。いまの経営者でだいたい3代目とかになっていることが多く、富士山はもっと歴史が長く、江戸時代から受け継がれている。

こういったエリアの山小屋で、オーナー家以外が山小屋のオーナーになった話はあまり聞かない。事業を買い取ることができない限り参入は難しい構造になっていて、大きな山小屋ほど事業継承はオーナー家に引き継がれている。

ちょうどネットに良い資料があったので紹介したい。

https://www.sanno.ac.jp/undergraduate/library/cpir4n0000006hnm-att/4002_06.pdf

−−−以下引用
北海道、東北、九州などは避難小屋が圧倒的に多く営業小屋の数は極端に少ない。またこれらのエリアの特徴は営業小屋にカウントされていても協力金等の記載がないだけで、宿泊料金も1500円などと実質的には避難小屋とおぼしきものが少なくないことである。今後より精緻に調査していけば避難小屋の数はますます増えるものと思われる。何れにせよこれらのエリアは、首都圏や関西圏等からの多くの集客が見込めるわけではないので、営業小屋が成立することが困難なためであると考えられる。一方本州の中央部を縦断するように位置する北アルプス、中央アルプス、そして南アルプスなどの山域では、登山者を惹きつける3000m級の高峰が連なるということもあるが、人口 が集中する首都圏、関西圏からの来訪者が多く見込め、営業小屋が採算の取りやすい環境にあると言えるだろう。
−−−以上引用

このレポートにも書かれているように、日本は山国でもあるので、あらゆるエリアに山小屋は存在する。しかし営業小屋として成立しやすいエリアは限られているのだ。

七丈小屋は南アルプス北部に位置する。
上記の解説にあるように、南アルプスは北アルプスや八ヶ岳、富士山、尾瀬といったエリアほどの来訪者数はないが人気の山域であり「営業小屋の採算のとりやすい環境」であると言える。

しかし南アルプスの山小屋がこれらのエリアと大きく違う点は、山小屋のほとんどが地元自治体が所有していて、「指定管理者制度」や「業務委託」によって、民間事業者が運営をしているという点だ。
つまり他のエリアではほぼ不可能な、新規参入が可能なエリアだったということだ。

とはいえ、僕をこのようなマインドにさせてくれた経営者のゲスト以外は、七丈小屋の管理運営に手を挙げることに対しては否定的な意見が多かった。なぜならすでに山岳ガイドとしての地位をある程度確立していて、ありがたいことに仕事に困ることはなかったからだ。
収入が安定している上に時間にはゆとりがあり、好きなタイミングで海外登山にも出かけることができた。普通で考えたらこの環境は手放さないだろう。

加えてそもそも七丈小屋がある甲斐駒ヶ岳黒戸尾根は、日本三大急登と言われる厳しい環境にあり、登山者は少なく、採算は取りにくい環境であることは誰が見ても明らかであった。

だけどこの時、思いとどまる気持ちは一切なかった。
自分がこのエリアを面白くしたい。その気持ちしかなかった。

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