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異世界に行って、投球フォームを改善しまくっていたら肘を壊した。手術かと思ったら、異世界の回復魔法と回復薬が異常だった件~野球選手になりたかった俺は、いつしか冒険者になっていたのかもしれない~

 異世界に住み始めて、2年目の夏のことだった。
 俺はイチロー・マツイという偽名を使って生活をしていたつもりだったが、チロマーと略されて呼ばれている。

 とにもかくにも生活を続けていかなくてはいけないので、宿の清掃員のバイトをしながら、魔物の狩りで日銭を稼いでいる。

 狩りに行くのを登板と呼んでいるが、実際のところ俺は野球のピッチャーのようなことをやって、魔物を狩っている。
魔力の玉という野球ボールほどの玉を作り出して投げる。
 スキルの補正がかかっているからか、プロ野球にだって引けを取らないような勢いのある球を投げられていると思う。

 肩や肘を痛めることは多いが、上手くいっていた。わざわざ俺の狩りを身に来る人たちまでいるくらいだ。できれば、野球を広めたいのだが、そもそもグローブの作り方もわからないし、ボールを作ってみても全然弾まない。やはり前世のスポーツ用品はすごい技術が使われていたのだ。

 どうにか投球フォームを改善して、楽な姿勢で勢いを殺さずに投げる方法を模索。野球選手たちの練習風景を思い出しながら、やり投げのようなフォームにしてみたり、踏み込みのために靴に独自のスパイクを仕込んでみたり、狩りのない日でも練習だけは欠かさなかった。

 2年目になり、ずっと肘の調子が悪かった。それまでも肉離れや軽い裂傷なんかはあったが、ついに肘に激痛が走った。悶絶して、訓練場の隅で休むしかない。
 これは手術をしないといけないのだろうか。
 プロ野球選手でも、ひじの手術をする選手がいたことを思い出した。

 空を見上げながら、これで俺の異世界生活は終わりかと本当に思った。ただ、宿と草原の往復しかしていないことに、今更、なんのために異世界に来たのかわからなくなった。 
落ち込んでいるとコーチ陣が声をかけてきた。

「どうした? 今日は練習を終いにするか?」
「いや、肘がどうにも……」
「どれ、ちょっと私に見せてごらん」
 
 三角帽子のローブを着たコーチが肘を見て、ふわっとした温かい魔力で包み込んだ。じんわりと血行が良くなっていくような感覚があり、痛みがどんどん引いていく。

「周りの神経を麻痺させたんですか?」
「いや、そんな面倒なことはしないよ。回復魔法だ。どうだい? 動くだろう?」

 動かしてみると、トレーニング前と変わらず痛みもない。

「動きますけど、なんで?」
「筋が切れるのが癖になってるだろう。その癖ごと治したんだ。過剰に負担をかける投げ方をしているだろうからね」
 癖も治してしまうって回復魔法はすごすぎないか。

「もう少し、投げるフォームを考えた方がいいでしょうか?」
「その方がいいんだけど、そんなことできるのかい?」
「肘に負担をかけずに全身を使って投げる方法をどうにか考えてみようかと……」
「まぁ、ちょっと、私たちでは普通の投擲すら学んだことはないからね。少し、武術家の先生でも呼んでみようか?」
「そんなことできるんですか?」
「いいよ。依頼達成率が高いんだから、冒険者ギルドに頼んでみな。そのくらいはやってもらっても構わないはずさ」
「わかりました。ありがとうございます!」

 言われた通りに、冒険者ギルドのお姉さんに聞いてみると、「声をかけてみましょう」と言ってくれた。至れり尽くせりなのか。

 後日、本当に武術家だという人が現れた。

「かつては野蛮な術として使用を禁止されていたが、今はそういう時代でもない。もう、ワシしかおらんから、此度呼ばれたのはちょうどよかった」
 武術界隈では飛礫術というらしい。

 上手投げと横手投げと教えてもらった。普通のフォームとサイドスローやアンダースローがあり、魔物に対してルールなど言ってられないので、とにかく風向きに注意して投げろとのこと。

 何度も練習したが、やはり上手投げが一番スピードが出ることがわかった。

「指が痛むじゃろう。これを塗っておけ」

 武術家の師匠は、緑色のペースト状の回復薬を渡してくれた。

「自分でも作れるようになった方がいい。そんなに採取が難しい薬草でもないから、森に入った時に取っておくといい」

 擦り傷切り傷も、ものの数十秒で治ってしまうという。
 この世界の傷薬は異常だ。

「優れもの過ぎないですか?」
「いやぁ、別に指を切り取られたり肉をえぐり取られたりしたわけじゃないんだから、このくらいはできるよ。ただ回復魔法や回復薬を使った後は、消化も促進されるから、たくさん食べることだ」
「わかりました」
 武術家の師匠は、投擲だけをこれほど鍛えている者はいないからと言って、また来てくれることを約束してくれた。

 栄養を考えて、イモ類やアーモンドやピーナッツのような豆類、牛乳などを摂取することにした。宿の料理人たちと一緒に、初めて町の市場へと出かけた。
 料理人たちは、どういう栄養が欲しいのか聞いてくれて、一緒にメニューを考えてくれるのはありがたい。荷物持ちくらいしないと罰が当たりそうだったのだ。

「なぜ、それほどよくしてくれるんです?」
「ギルドの評判がよくなっているのは、あんたのお陰だからね。これくらいなら、冒険者たちのためにもなるからね」
「そもそも何を作っても給料は変わらないから、せっかくなら栄養になるものを作ってあげた方がいいでしょ」
「手間が増えませんか?」
 大量の芋を抱えて聞いてみた。
「楽しようと思えば、楽できるんだけど、それを続けていると、自分が嫌になるんだよ。仕事に自信がなくなってくるっていうか」
「そうそう。あんたが努力してる姿って、宿の人たちもギルドの人たちにも結構影響を与えてるよ」
「そうですかね」
「実際、体つきが全然変わっちゃったでしょ?」
「確かに……」
 投球する身体になっている。

「皆さんのお陰です」
 なぜか知らないが、筋トレをし続けただけなのに、この世界に来てからほとんど嫌な人に会ったことがない。

「身体を作ることって時間がかかるし、忍耐も必要なの。冒険者たちは、すぐに仕事を欲しいから、スキルを取るのに必死になるんだけど、あんたは違った」
「土台の筋力を先に鍛えていたからね。そりゃ、冒険者を一杯見てきた人たちは応援するよ」
「筋肉がないせいでスキルを取れず、そのまま死んでしまった冒険者もいるからね」
「ちゃんと回復しているか、自分で確認もせず依頼を請けて、古傷を抱えている教官たちも多いでしょ。皆、失敗してほしくないのよ」

 冒険者は体が丈夫でなくてはならない職業だ。しかも続けるなら、コンディションを維持し続けないといけない。魔物の特徴なんかも覚えることも多いし、野生を相手にしているからケガも多い。
 
 改めて、コーチ陣には感謝しかない。

 武術家の師匠に教わったことを確認するため、どんな投球フォームも練習を繰り返した。回復薬さえあれば、筋肉痛のような炎症は抑えられる。傷薬ではなく、回復薬なのだ。

 それから十日ほどたち、再び武術家の師匠が来た。

「さて、薬を学んだなら、裏の毒も学ぼう。魔力の玉を作る際に中に毒を入れておくと、魔物を逃がす確率がぐっと減るのじゃ」

 武術家の師匠は、毒の壺に手を突っ込んで魔力の玉を作って引きぬいた。
 魔力の玉の中には、チャプンと毒液が入っている。

「今までは魔力を固くしようと思っていたかもしれんが、程よく割れるように調節してみろ。また、出来ることが変わってくるじゃろう。こういう毒だけでなく、粘着性の高いものや、ペンキのような色が付く液体でも、野生の魔物からすれば嫌なものだ」
「やってみます」

 それから、俺はトリモチのようなものを料理人たちと一緒に開発し、登板時に魔物を逃がすようなことがなくなった。
 野球選手になりたかった俺は、いつの間にか冒険者へと変わっていたのかもしれない。


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