八丁堀小町おさきの事件帳

「納屋の男」

4、ついに参上!

にわとりたちも、まだ、鳴かない夜明け前……。
草木もねむる、お浜ばあさんの庭先を走り抜ける、ひとつの人影……。納屋の戸を音もなく、すうっと引きあけ、すばやく中へしのびこむ。
納屋の戸口からうすくさしこむ、月あかりを頼りに、しのびこんだ人影は、わらの束のところへと、わき目もふらずに走り寄る。
自分の背の高さほど積んである、わらの束を、そうっと持ち上げ、横に置き場所をずらしていく。一番下のわらの束を持ち上げようとすると、ふいに納屋の戸口から声がした。
「すずめ小僧。探しているのは、これか?」
納屋にしのびこんだ人影……すずめ小僧が、驚いてふりかえる。すると、呼びかけた男……木村拓磨の足もとに、千両箱が二箱、ならんでいた。
「ちぇっ、あのばあさんと息子が、まさか、気がついたとはな」
すずめ小僧が、顔を隠した布の下から、くぐもった声で、くやしそうに、
言った。
「千両箱の隠し場所を見破ったのは、十歳の子どもだ」
「子どもだと? 」
拓磨は、千両箱を探しあてたのは、自分の娘だと、得意になって言いそうになるのをこらえて、話を続けた。
「けがをして、弱っていたおまえは、千両箱をかついで逃げるのが、つらくなった。かなりの重さだからな。そこへ目に入ったのが、この百姓の家の納屋だ」
拓磨は、ちょっと息をついた。
「ここなら町から遠いし、隣の家とも離れている。盗まれるようなものはないので、納屋に鍵もなく、中をのぞくとちょうどいいことに、わらの束が積んであった。一日や二日なら、ここに隠しておいても、誰にもわかるまいと思ったんだろう。どうにかこうにか隠し終わったところへ、母屋に住む、ばあさんと息子に見つかってしまい、その夜、火事さわぎがあったのをこれ幸いと、火消しの手伝いでけがをした、と作り話をした。そうに
ちがいない」
すずめ小僧は、ふふん、と拓磨の話を鼻で笑うようにきいていて、やがて、
答えた。
「まるで、見たようなことを言うじゃあ
ないか。ま、同心にしちゃ上等だ。人間てのは、取られることには注意するが、まさか置いていったとは、なかなか気がつかねえと思ったのに。さっき言ってたこともみんな、子どもに教えてもらったのかい? なあ」
拓磨も、すずめ小僧を鼻で笑って、
言った。
「まあな。ついでに言っておくが、その重たい千両箱を、わざわざ持って帰ったところで、中の大判小判は、おまえが盗みに入ったお屋敷にもう返されてるぞ」
「なにい……」
すずめ小僧は、うなり声をあげて、いまいましそうに千両箱をけっとばした。
その時、戸口から、じれったそうな、
しわがれた男の声がした。
「なにしておるのだ、木村! すずめ小僧とわかれば、早くつかまえんか」
「は、ははあっ」
納屋の前には、たくさんの役人たちが、うす暗い中、ちょうちんやたいまつを手に手に、すずめ小僧をつかまえようと、今にも飛びかからんばかりに、待ちかまえている。
「すずめ小僧め! しんみょうにしろ」
役人たちは口ぐちに言い、納屋の中の
ようすを、さかんにうかがう。
「みなさん、ここまでおそろいで、お出迎えとあっちゃあ、しかたあるまい。さあ、出ていくとしますか」
すずめ小僧は、わずかに見える細くするどい目にうす笑いを浮かべて、力強い
足どりで、納屋の戸口に姿をあらわした。
体は大きくはないが、胸を張ってにらみをきかせるような、その姿に、役人たちは、十手や縄や刀を手にしながらも、
しだいに後ずさりしてしまっていた。
「いかん! これでは、逃げられれて
しまう」
拓磨が小声でつぶやいて、縄をかけようとした、その時だった。
すずめ小僧が、しゃがみこんだかと思うと、着物のふところに入れた右手を、
ぱっと、大きく開いて、粉のようなものをまき散らした。
「はっくしょん! はくしょん」
「へえっくしゅん」
あちこちで役人たちが、大きなくしゃみをしながら、目や鼻をおさえている。
すずめ小僧が、こしょうを、投げつけたのだ。
「おのれ、いまいましい! すずめ小僧めが! 」
役人たちが大騒ぎする中、すずめ小僧は、まるで風になったように走り抜けて
いく。
「あっはっはっはっ……。あばよ」
夜も眠れずに起きていたおさきは、外のさわぎが気になって、母屋から飛び出した。
お浜ばあさんがあわてて引きとめる。
「おじょう様。外へ行っちゃいけません。あぶないですよ」
「でも……」
おさきが外へ出た時、だれかとぶつかりそうになった。たしかに、人のけはいがしたのだが、その人は、風のように身軽だった。
「またな……」
その男の人は、おさきの目を見ると、片目をいたずらっぽくつぶって、あっというまに走り去った。
「おさき、だいじょうぶか」
父が心配して駆けつけたが、おさきは、男の人が走り去ったほうを見ながら、口もきけずに立っていた。
「あぶない! 」
何かが飛んできて、父が自分の体で、
おさきをかばってくれた。
ふと見ると、足もとの地面に、白い紙を結んだ小刀が、突き刺さっている。
「あいつ、人を傷つけないんじゃなかったのか! うそつきめ」
怒っている父より早く、おさきは、小刀を地面から抜くと、白い紙をひろげて
読んだ。
(あたまのいいむすめさん。あてずっぽうにしてもみごとだったぜ。またな。
すずめこぞうのおじさんより)
白い紙に、へたな字で、そう書かれていた。
(続く)
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