連載時代小説『鬼骨の筆』第一章 白髪の女 第二話 悠泉寺

「お冴お嬢様。では、これにて・・・・・・」

 と言い残し、尾形光琳の使いは足早に去っていく。約五年ぶりになる長井多左衛門との対面は、あっけ無い程に早く終わった。
 ところが、無言のまま見送ったお冴もまた、すぐに出かける仕度を始めた。急ぎの用事ができたのだ。
 伝えられし光琳の言葉とは、

 ――今晩、轆轤町の悠泉寺を訪ねよ。

 たった一言。
 それだけだった。
 更に問題なのは、日付を『今晩』

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連載時代小説『鬼骨の筆』第一章 白髪の女 第一話 白髪の女

第一話 白髪の女

「酒を……一升。おくれやす」

 か細い声を出しながら、ひとりの女が酒屋の暖簾をくぐった。
 それはまるで山姥のような身形。
 浅黄色の小紬は所々が擦り切れ、履物は泥で薄汚れている。髷は結わず、長い髪をだらりと下げたまま。ちりぢりの白髪。何しろ酷い出で立ちをしていた。
 が、よくよく見れば肌はまだ若い。実際の齢は三十近くか。死んだ魚のような虚ろな目が女をますます老けてみせていた

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【連載小説】横笛の手文庫【第13回】~りうの話

十三

 玄関で来訪者と対面したわけだが、りうは御高祖頭巾の尼様をじっと見てしばらく口をひらかなかった。
 その尼様は、使命感に駆られてのキリリとしたひとみを上げて、式台から、りうを見据えた。四十ごろの初老の女である。あっ、と惣八は尼様の顔を見て声を上げた。
「このあいだの」と口走った惣八にむけて、尼様はうなずくように会釈する。
 しかしりうは黙ったまま美しい仕立ての衣の肩ごしに、尼様の背後を見据

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【連載小説】横笛の手文庫【第12回】~りうの話

十二

 晴れると、ひどく蒸した。山の御寺、と里のひとから呼ばれる辰巳屋の檀家寺、竜禅寺から戻ったりうはまっすぐに辰巳屋の惣八のもとへやって来た。惣八はあの祠へ供物を捧げる三宝を持って出てきたところだった。
 惣八はりうを客間に上げた。
「いやあ、さばけた住職で助かったよ。つまり前の代以前のことはさっぱり過去として、昔語りにしてくれたんだ。惣八さんが生まれたころ、つまり十五年前に、あの住職の先代の

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【連載小説】横笛の手文庫【第11回】~りうの話

~十一~

 月のひかりは冷たく降り、雪は純白にしずかに輝き、山野を花嫁の衣装のごとく飾った。暁が近かった。東の山の端に乳色の光がこぼれている。
 そんな朝早くというのに屋敷の近くの農具小屋には、人が集まっていた。小屋から戸板に載せられて四人分の体が運び出されてきたところである。この近辺の百姓一家、うち一人の四つになる幼子は胸を包丁で突かれていた。父母と足の悪い娘は梁に縄をかけて首を吊ったが、顔は

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読書感想文「本所おけら長屋」 畠山 健二 (著)

毒にも薬にもならない,ただただ眺めていられる話しがある。最近の時代劇だと,NHK「小吉の女房」,「大富豪同心」なんかがそう。安心して眺めていられる。この本もそんな一冊。
 下町の長屋が常に舞台。通りを面した12世帯と大家が繰り広げる短編集なのだが,決まって飛び出した案件を,そっと片付ける役が,浪人・島田鉄斎。このお侍さんが,格好いい。問題は必ず解決する。しかし,大家をはじめ,その活躍を知る人はごく

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『孤宿の人』 宮部みゆき

「こんな長い本を読めるのか、自分?」と読み始めて思う。『初ものがたり』を勧めてくれた友人が、「宮部みゆきの歴史モノが気に入ったなら、これを読むといいよ。」と教えてくれたから面白いはず、と読み進めたらいつの間にかちゃんと入り込めた。壮大な話なので、じっくり色々な伏線が貼られていくのを待つ必要がある。反物を織るには丁寧な縦糸の準備が必要。準備に手間がかかる分だけ、目の詰まった綺麗な反物が織り上がる。

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「舞踏」からの価値観の転換inside art vol.1

わたしの小さい頃からの夢、それは芸術を通して社会に関わる、ということだった。具体的に言っちゃうと、デザイナーや漫画家、画家、学芸員なんかの仕事を持ち、社会と関わることが夢だった。

でもそんなに現実は甘くなく。今他の表現を使って仕事をさせていただいている。もちろん、その仕事も、わたしの少しは大丈夫だろうな、と思っているところを使って楽しく元気に働かせていただいているので、感謝しかないのだけれど。

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【「天気の子」から見る現代】 ①〈世界〉における〈子ども〉の意義とは?

こんにちは、本ソムリエのhaya.です。

今回は公開中の映画、そして小説「天気の子」を私がどう捉えたのか。
その見た〈世界〉を語っていきます。

もともと私は新海誠監督作品が大好き。
時代を的確に読み、その先を生きている彼を尊敬しています。

過去と現代を交差するこの感覚を、どう切り取って論じるか。
今回はテーゼ編。どんな視点があるのかということだけ、まずはお伝えいたします。
ぜひ、この作品の一

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【連載小説】横笛の手文庫【第10回】~りうの話

~十~

 藩の武士たちは殿のご容態の悪化と、世継ぎの定まらぬ事態を憂いかつ恐怖していた。公儀から改易お取り潰しの材料とされる、などの話までささやかれていた。そんな秋が終わり、冬。この里は木枯らしとほとんど同時に雪が来る。
 そうだ、はらはら雪ふる夕暮れどきのことだ。おきょうが、文を持って、事もあろうにわが屋敷へやってきた。いつも詰めているはずの門番は母方の法事で別の村へ行っていた。
「入るがいい

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