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【#はしご酒27】「前歯しゃぶりたいタイプ?」あたたかい混沌での3時間

「俺はもう帰りたいよ」

いい感じに出来上がりつつあった編集長は、嘆きながら笑っていた。うそじゃん、という私のつぶやきは周りの笑い声でかき消された。

「#はしご酒27」というとんでもない企画がはじまって既に23時間が経とうという状況。なるほど、これは確かにカオスだな、と思うと同時に心の内側で感心していた。

ここまで人は「楽しさ」に貪欲になれるのか。
そして、この街は「楽しさ」を求める人間を愛してくれるのか、と。

***

「席はどちらですか?」

集合場所として教えてもらった「トンテキ元気」に到着してすぐ送ったメッセージに音沙汰なく数分がすぎた。おかしい。絶対におかしい。

恐る恐る二階へ上がると、広がっていたのは大きな座敷。そしてたくさんの笑い顔。

移動中「花輪さん!カオスです!笑」と送られてきてビビっていたのだが、不安はすぐ消し飛んだ。なんだ、楽しそうな会じゃないか。急に、肩の力がぬけた。

たくさんの話し声。あたたかい笑い声。
ぐでんぐでんの編集長と、同じぐでんぐでんの状態で笑い飛ばす人々。
突然、話に割り込んでくる兄ちゃん。私の肩をやさしく抱いてくれた黒髪の女性。

私の“不安の膜”を、一瞬で破ってくれた。

すごい街だ、すごい集まりだ。
エネルギッシュで、あたたかくて、明るい。
眩しさを感じつつ、ビールを口に運びつづけた。
隣のタカハシさんは「花輪さん、ペースが早い」と笑ってくれた。

その場が、私にお酒をのませていたから。
「楽しいだろ?」と、笑顔で迎えてくれたから。

***

実は、飲み会という場、そもそもアルコールを入れるのも久しぶりだった。

お酒は好きだが、大勢(グループ)で飲むことに慣れていない。社会に出て初めて上司陣と飲んだ場も、あまりよくなかった。

あまりの「社会の縮図」加減に、大して飲んでもいないのに吐きそうになっていた。上下、気遣い、視線、話の流れ。息が詰まりそうだった。

雨だれ、石を穿つ。そういった経験を少しずつ積み重ねた結果、予定のない日には家にこもるようになった。

私の家は、一人きりの象牙の塔。
会話もない、テレビもない、音の少ない世界だ。
もし声が聞こえてきたとしたら、のんきな私の独り言か、スピッツだろう。

会いたかった人と「初めまして!」する楽しみ、その場の一員になる嬉しさ。それらを覆っていたのがうすく貼られた“不安の膜”だった。

私のように、飲み会の前に「大丈夫だろうか」と思う人は少なくないだろう。そんな人こそ、浅草の街に繰り出すのもおもしろいかもしれない。

***

熱に浮かされたように、たくさん飲みつづけた。
ふわふわした状態であっても、この街はなお刺激的だった。

「ほら、前歯しゃぶりたいタイプだからさ」

二軒目の「がじゅまる」という店にて、福山雅治を熱唱してくれたお兄さんからの一言。
“好きな人の前歯をどう愛でたいかについて考えたことなかったです”という返事は出来ずじまい。

解散した後もしばらく、その言葉が頭の中をぐるぐるしていた。
好きな人の前歯をどうしたいか、考えたことなかったな。いやいや、でもお兄さんがその場で言ったことかもしれないぞ。

ふわふわした頭で、ひたすらぐるぐる、ぐるぐる考えていた。

おそらく、その場で言ったことなのだろう。
そういうことは往々にしてよくあるし、そういうものにとても寛容なのがこの街なのだ。

私のメモ帳が、楽しげな言葉で埋まっていった。

***

編集長に「なぜこの企画をやったのか」と質問したところ「楽しそうじゃん」と返ってきた。

「なぜ27なのか」と質問したところ「3時間増やしたらどうなるかと思って」と返ってきた。

つまりは、そういうことなのだ。
ノリと、雰囲気と、エネルギーとをひっくるめて「楽しさ」なのだ。
それらに貪欲で、寛容な街と人々なのだ。

終電に乗り、何本か電車を乗り継ぎ、最寄り駅で無事に降りた。いつもの街の電気が、少しだけあたたかく見えた。

家を出てきて、本当によかった。
「楽しさ」に触れられて、とてもよかった。

つめたい夜風が、私を追い越していった。

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