見出し画像

【とっとと成仏してください! 短編小説】初めてのホワイトデーは、別れの予感?!

こちらはとっとと成仏してください!の番外編となります。
①~④のネタバレも含まれます。

現在、Kindleで、とっとと成仏してください!①~④までが50%オフとなっています。
2月23日~3月5日までですので、興味がある方はぜひ!

それでは本編をどうぞ~


 3月を、これほどまでに楽しみにしたことがあっただろうか。

 わたしは、今まで楽しみな季節というものがなかった。
 嫌いな季節はある。
 冬だ。
 冬は亡くなる人が多くて、そのせいで憑かれることも多い。
 とはいえ夏も亡くなる人が多いんだけどね。
 いや、春もそれなりに……。
 まあ、そんな感じで年中、幽霊に憑かれるせいで、どの季節が好きだなんて考えたこともなかった。

 だけど、今はちがう!
 もちろん今も、相変わらず幽霊には憑かれる。

 ただ、去年とちがうことは、わたしは初恋を叶えた幸せ者であるということ。 
 颯くんがいれば、毎日は楽しいし頼りになるし、なによりも颯くんすっっごくカッコいいし見てるだけで幸せになれるんだ。
 しかも、幽霊に憑かれれば颯くんも成仏させるのを手伝ってくれる。
 そういう彼氏彼女の関係も悪くないな、と思い始めていた。

「じゃあ、例のチョコレートの幽霊は成仏したのか」
「うん。別にホワイトデーのお返しはいらなかったみたい。渡すことが目的だったらしいから」
 
 2月15日。
 わたしと颯くんは、廊下の隅のいつもの薄暗いスペースでお昼ご飯を食べていた。
 一週間前に高校生女子の幽霊に憑かれていて、颯くんも成仏させるのを手伝ってくれていたのだ。
 その女子の幽霊は、昨夜無事に成仏した。
 それを颯くんに伝えると、彼はあまり驚く様子はなかった。
 それどころか、なんだか疲れているようにも思える。
 部活、忙しいのかな。
 すると、颯くんがポツリとつぶやいた。

「ホワイトデー、か」

 その言葉に、わたしの胸が高鳴る。
 当たり前だけど、バレンタインデーがあれば、ホワイトデーもある。
 今まで父にしかあげなかったバレンタインデー。
 今年は、颯くんにはとっておきのチョコレートをあげた。
 お返しは、一体、なにをくれるんだろう?

 バレンタインデーが終わったばかりだというのに、わたしはワクワクしっぱなし。
 颯くんがくれるものなら、なんでもいい。
 わたしのために、お返しを選んでくれる。
 それがうれしいから。
 ああ、3月が……ホワイトデーが待ち遠しいなあ。

 そんな浮かれた気分が続いていた2月も終わりのある日。
 わたしは、異変に気付いた。

「颯くん、おはよう」

 朝、昇降口で颯くんにばったり遭遇。
 ああ、今日も今日とてカッコいい。
 イケメンランキング、世界でナンバー1。いや宇宙1。
 素敵すぎて、なんだか拝みたくなってしまう。
 わたしがニコニコしていると、颯くんは顔を上げた。
 その顔を見て、「えっ」と声が出た。

「ああ、玲香。おはよう……」

 そういった颯くんは、目の下にくまができている。
 しかも、なんだか機嫌が悪そう。

「なにか、あったの?」
「別に」
 
 颯くんはそれだけいうと、さっさと歩いて行ってしまった。
 ひとり残されたわたしは確信する。
 あれは絶対に機嫌が悪い。
 
「まあ機嫌が悪い日もあるよね」
 
 わたしはそうつぶやいて、自分を納得させた。
 どうせ明日になったらケロっとしてる。
 むしろお昼休みの時には、「今朝の不機嫌はなんだったの?」ってぐらいにいつも通りかも。
 そう考えて、わたしはひとり大きくうなずいた。

 わたしの予想はハズレだった。
 だって、それから一週間以上も颯くんは、機嫌が悪かったのだ。
 機嫌が悪いというか、静かに怒っているような、疲れているような、そんな感じ。
 どっちにしろ近寄りがたい。

 一度、颯くんに、「わたし何か悪いことしたかな?」と聞いてみたけれど、「玲香のせいじゃない」というだけで、何があったのか教えてくれない。

 楽しみにしていた3月がやってきて、気候も暖かくなってきた。
 ホワイトデーがどんどん近づいてくる。
 それなのに、わたしの心はどんどん沈んでいった。
 
 3月13日も、わたしの心は重かった。
 あんなに浮かれていた2月がうそのよう。

「明日はとうとうホワイトデーだねー。玲香は東雲くんからお返しもらうんでしょー?」
 
お昼休みにアリスたちとお弁当を食べていると、アリスがわたしにそう聞いてきた。

「えっ、あ、うん。そうだね」

 わたしがもごもごというと、リエちゃんがいう。

「どうしたの? なにかあった?」
「玲香、浮かない顔」

 マミちゃんにそう指摘され、うっと言葉に詰まる。
 わたしは観念して、不安になっていることを話した。
 ここのところ颯くんの機嫌が悪いこと。
 理由を聞いても、いってくれないこと。
 いっしょにお昼ご飯を食べていても、何か考え込んでいるように黙り込むことが多いこと。
 そもそもここ十日ぐらいは、バスケ部の練習が忙しいからといっしょに登下校をしていないこと。
 そこまで話し終えると、大きなため息が出る。

「もしかして東雲くん、玲香へのホワイトデーのお返し、悩んでるんじゃないのー?」

 アリスがサンドイッチをこちらに向けながら、そういった。

「そうなのかなあ……。でも、機嫌が悪くなるまで悩まなくてもいいんだけど」
「ちなみに玲香は、バレンタインに東雲くんになにあげたの?」

 マミちゃんがそう聞いてきた。
 実はバレンタインはチョコを学校で渡したわけではない。
 颯くんに家に来てもらったのだ。

「チョコレートケーキ渡したっていってなかった?」とリエちゃん。
「あー、そうだ思い出した。二段重ねのすごいやつ」とマミちゃん。

 そうなのだ。
 実は、バレンタインは張り切ってしまい、二段重ねのチョコレートケーキを作った。
 しかも、そのケーキの中には、お年玉で買ったちょっとお高めのブレスレットを仕込んでサプライズもしたのだ。
 ちゃんとブレスレットはジップロックに入れたから、べたにべたになってないよ!
 颯くんは、とても喜んでくれてブレスレットはお守りのように身につけてくれている。
 そこでわたしはふと気づく。

「そういえば……。最近、颯くん、ブレスレットつけてない……」
 
 わたしの言葉に、アリスたちは顔を見合わせる。

「鬼瓦先生に注意されたとか?」
「あっ、わかるー。アリスもこの間、鬼瓦にペンダント注意されたー」
「アリスは堂々と校則違反しすぎなんだよ」

 アリスたちの会話が、やけに遠くに聞こえた。

 問題は、颯くんがここのところ機嫌が悪いだけじゃない。
 会話の少なくなったふたりの時間。
 メッセージのやりとりは塩どころか最近は既読スルー。
 あんなに気に入ってくれていたブレスレットを、身に着けてくれていない。

 これはまさか……。
 別れの前兆?!
 最悪の二文字が、頭の中に浮かぶ。

 前にアリスに見せてもらったファッション雑誌の『彼氏の本音~別れ編~』に書いてあったことに、ぴったり全部当てはまる……。
 彼女との時間が退屈になるとか、メッセージに返信しないとか、ペアリングやプレゼントされたアクセサリーを身につけなくなるとか。
 男の子の別れ際の行動が、詳細に書かれてあったのだ。
 颯くんは、そのどれもやっている。
 そう考えた途端、心臓がバクバクと速くなる。

 いや、さすがに考えすぎだよね……。
 メッセージが塩対応なのは今に始まったことじゃないし、ブレスレットを身につけないのも、鬼瓦先生に注意されたからかもしれない。

 そうだ、ここのところいっしょに登校できないのも、バスケの朝練が忙しいといっていた。
 きっと、部活で疲れているんだ。
 そう自分を納得させようとした時。

「あっ! 高井戸ー! なにしにきたのよー!」

 アリスの声に、向かい側の席を見ると、高井戸くんが教室に入ってきていた。
 東雲くんはいっしょじゃないみたい。

「神田川さんに用事があるんだよ~」

 高井戸くんはニコニコしながら、アリスに話しかける。
 相変わらず、マイペース。うらやましい。

「神田川さん、明日さあ~。いっしょにパフェ食べに行こうよ~」
「はぁ?! なんでー?」
「明日はホワイトデーだから~。もちろんぼくのおごり~」
「……おごりなら別に行ってあげてもいいけどー」
「そっか~。よかった~」

 高井戸くんは幸せな笑顔を浮かべて、「じゃあ明日ね~。みんなお昼を邪魔しちゃってごめんね~」と立ち去ろうとする高井戸くんに、わたしは勇気を出して聞いてみる。

「あの、高井戸くん!」
「ん~? なになに~?」
「最近、バスケ部って練習が厳しいの?」

 わたしがそう聞くと、高井戸くんは驚いたような顔をする。
 それから、高井戸くんはなぜか申し訳なさそうにこういった。

「バスケ部は今ちょっと色々あって、練習ないんだ~」
「えっ?! いつから?!」
「うーん、十日以上前かなあ~」

 高井戸くんの言葉に、わたしは目の前が真っ暗になる。
 颯くんは、朝練があるとか放課後の練習があるといって、わたしと登下校をしなかった。
 だから、颯くんはバスケ部で忙しいんだと信じて疑わなかったのに……。
 嘘、ついてたの?!

「天国さん、東雲くんなら大丈夫だよ~」

 去り際に、高井戸くんがそんなことをいっていた。
 だけど、なにが大丈夫なのかがわからない。
 ひとつだけわかったのは、颯くんがわたしに嘘ついている、ということだった。
 
 わたしはその日、ショック過ぎてどうやってその後の授業を受けたのか、どうやって家に帰ったのかすら覚えていない。
 気づけば朝だった。

 今日は3月14日。
 ホワイトデー。
 楽しみだったホワイトデーが、ぜんぜんうれしくない。
 それどころか、この日が来てほしくないとさえ思えた。
 だって、颯くんからお返しをもらないどころか、別れを切り出されるかもしれないんだから……。

「やだ、別れたくない……」

 わたしがベッドの上で泣き出すと、ツナとマヨが慌てて駆け寄ってくる。
 ツナはすりすりと体をこすりつけてきて、マヨは頬の涙をぺろりと舐める。
 かわいい、そしてやさしい。
 
「もう、ツナとマヨさえいれば、それでいいや……」

 そうつぶやいたその時。
 インターフォンが鳴った。
 時刻は午前七時。
 こんな朝早くに誰だろう。
 両親はまた出張中だし……。
 ご近所さんかなあ。

 そう思ってインターフォンを確認すると……。

「はっ、颯くん?!」
『朝からごめんな。ちょっと届け物』
「あ、うん。開ける、ちょっと待って」

 わたしは寝癖をささっと直して、着ている服を見る。
 猫柄のパジャマだけど、もうこの際いいや。
 まだ冷えるのに、颯くんを外で待たせるわけにはいかない。

 玄関のドアを開けると、颯くんがわたしを見る。
 その表情は、まるで怒っているようだ。
 ああ、別れ話をされるのかな……。
 いやだ、聞きたくない。
 耳をふさごうとした瞬間。
 
「じゃーん。プレゼント」

 颯くんはそういって持っていた大きな紙袋をこちらに差し出す。
 なにがなんだかわけがわからない。
 颯くんの顔を見ると、にっこり笑っていた。
 そして、その右手にはブレスレットが光っている。
 良かった。今日はつけてくれていたんだ。

「プレゼントって……まさかホワイトデー?」
「そう。なんだと思う?」
「クッキーとか?」
「ちがう。おれの家は何屋だ?」
「あっ、まさかパン?」
「そう!」

 颯くんは無邪気に笑うと、こう続ける。

「おれ、この日のために親父にパンの作り方を教わってたんだ」 
「えっ?! 颯くんの手作りパン?!」

 わたしが驚いたところで、颯くんがくしゃみをする。
 すぐに颯くんを家に入れ、リビングで颯くんに、「まってて」といってからキッチンで温かいココアをふたりぶんつくった。

「せっかくだから、ホワイトデーのお返しはパンにしようと思って」
 
 それだけいうと、颯くんはココアを一口飲む。
 わたしもココアを一口んで、ホッと息を吐く。
 ああ、颯くんがわたしが作ったココアを飲んでくれるの、うれしいな。
 わたしは、思い切ってこう聞いてみる。

「あの、バスケ部、最近なかったんだって?」
「え? ああ、ごめん。バスケ部の練習はうそ。パン作りのために早起きしたり早く家に帰ってただけ」
「なーんだ……。そういうことかあ」

 わたしは安心してその場に寝転んだ。
「おい、寝るな」と颯くんに笑われて、涙が出そうになる。
 颯くんが笑って話しかけてくれるの、久しぶりな気がするよ……。

「ここのところ、ずっと颯くん大変そうだったから、部活なのかなーって」
「パン作りが大変だったんだよ」

 颯くんの言葉に、わたしは勢いよく体を起こした。
 それから颯くんは、遠くを見つめるように続ける。

「パン作りたいっていったら、親父が張り切っちゃってさ。すっげー厳しく教えてくるんだよ」
「へぇ……。それは大変だったね。前に会った時は、優しそうなお父さんだと思ったけど」
「怒るってゆーか、いってることが意味不明つーか」

 颯くんは、ココアの入ったマグカップをテーブルに置いて、真剣な顔で続ける。

「『颯、生地の声をちゃんと聞け!』とか、『酵母と対話しろ』とか」
「えっ? なにそれどういうこと?」
「しらねえ……。親父はちょっとパンに入れ込みすぎるところあるんだ。ついていけねーよ」
 
 颯くんはそこまでいうと、ため息をついた。

「じゃあ、最近、機嫌悪かったのって……」
「親父のパン作り指導が大変だったから。あと、パン作りそのものも大変だった」
「よかった……てっきりわたし、」
「てっきり、なんだよ」

 颯くんは不思議そうにこちらを見る。
 別れを考えているのかと思った。
 そんな言葉、なんだか不吉で口に出したくない。
 だからわたしは颯くんの手首を見て、話題を変える。

「ブレスレット、今はつけてくれてるんだね。うれしいよ」 
「パン作りをする時は外すから、しばらく部屋の机の引き出しにしまってた。なくすと嫌だし」
「ふふっ。そっかぁ。なーんだ、そっかあ」
 
 ブレスレットを身につけていなかったのは、大事にしてくれていた証拠。
 それがわかって、わたしは思わず笑顔になってしまう。
 もうホワイトデーのお返しを、十分もらった気分。

「そういうわけで、おれの作ったパン、食べてみてくれ」
「うん。ありがたくいただきます」

 わたしは紙袋からそっと中身を取り出す。
 透明の袋に入った二つのパンは、初めてのパン作りとは思えないほどにきれいな形をしていた。
 わたしはパンをよくよく見てみる。

「えっ……!」

 わたしは思わず声に出た。
 颯くんは、うれしそうにパンを指さす。

「前にもらったツナとマヨの写真をもとに、猫のパンを作ってみたんだ」
「うん。猫なのはわかる。いや、むしろ」

 わたしは颯くんの作ったパンを見つめながら続ける。

「すごく、リアル……。すごい」

 そうなのだ。
 颯くんが作ったパンは、猫の顔の形。
 それがあまりにもリアルで、写真かと思うほどだった。
 
「いやあ、苦労したんだよ。何度作り直したことか」

 颯くんがうれしそうにそういう。
 そりゃあこのレベルのパンを作るなら、苦労するだろうなあ。
 わたしはパンを色々な角度から見てみる。
 毛の一本、一本の質感まで再現されていて、本当にリアルだ。
 ここまで苦労して、わたしのためにパンを作ってくれたことに、胸がジーンとする。
 
 何事かとやってきたツナとマヨは、颯くんのつくったパンを見て、なぜかちょっと引いている。
 そうだよね……同類の首に見えるよね……。
 猫をもだませるほどのリアルさがある。

 颯くんは、おびえているツナとマヨを撫でた。
 それから、満面の笑みでこういった。

「さ、遠慮せずに食べてくれ!」

 リアルすぎて食べにくい!
 さすがにそんなことはいえないけど……。
 
 わたしは、颯くんの作ったパンを写真に撮り、それから食べた。
 この世で一番、おいしいパンだった。
 愛がこもってる。
 ツナとマヨが始終、怯えたような顔でわたしを見ていたのが気にかかったけど。

 その日は朝から、颯くんの手作りパンを食べ、いっしょに登校して幸せなホワイトデー。
 ……となるはずが。
 登校中に、パン職人志望の幽霊に憑かれてしまい、「もうパンを見たくない」といっていた颯くんを巻き込む大騒動となったのは、また別のお話。

 おわり👻


ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!

こちらはポプラキミノベル公式とかではなく、私が勝手に書いた番外編です。

もともとショートショート(3000文字ぐらい)の短いお話にするつもりが、予定より少し長くなってしまいました💦

私は楽しんで書いたのですが、読んでいただけた方も楽しんでいただければ幸せです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?