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Let's BEnjoy vol.5 期間限定無料公開「おうちでも立っておしっこがしたい!~家庭で立位排尿を実現する便器の形状に関する一考察~」


前書き

無料公開の理由

この記事をご覧いただきありがとうございます。
我々大阪大学トイレ研究会が毎年発行している「Let's BEnjoy」という会誌の一部記事を期間限定で無料公開いたします。

この時期は新歓や学祭の時期であり、阪大トイレ研究会がどのような活動を行っているのかを多くの方に知っていただくために公開する運びとなりました。
新入生の方はもちろん、2回生以上、大学関係者、あるいは外部の方すべての方に大阪大学トイレ研究会がどのような活動を行なうサークルなのか、その一端だけでも知っていただけますと幸いです。

もし、この記事や活動を見て興味を持った、あるいは入会したいと思っていただいた場合はX(旧Twitter)アカウントかメール( handaitoilet@gmail.com )にご連絡していただければと思います。
また、Let's BEnjoyをすべてご覧になりたい場合は以下のサイトで電子版を購入することができますので、ぜひそちらもよろしくお願いします。

また、この記事に対する感想や意見も募集しております。ぜひ質問箱にお願いします。

この記事の選定理由

 今回の選定理由は、今までの会誌のなかでも随一の工学的観点から書かれた記事であるという一点にあります。
 弊研究会は、「トイレ」を研究する団体であると自称、標榜していますが、研究内容が文化、環境系に偏りがちであるという特徴があります。これ自体は全く問題ないのですが、やはり様々な内容に取り組んでいる、もしくは取り組めるということを示すべく、工学分野の研究も紹介することを今回の目的としています。
 便器の構造や、使われている機構も研究対象として扱っている側面も知っていただけますと幸いです。

文責:🦆

おうちでも立っておしっこがしたい!
~家庭で立位排尿を実現する便器の形状に関する一考察~ 

カモノハシ

はじめに

 本稿では、家庭での男性の立位での排尿を実現可能とする便器の形状について検討を行った。
 まず、家庭での男性の排尿事情について確認し、尿跳ねの問題から座位での排尿が主流となりつつあること。一方で、立位での排尿のニーズや必要性があることを示す。尿跳ねを避けつつそのニーズを実現するために、尿の動的な特性に注目し、尿の動特性に関する先行研究に補足の検証を行った。そのうえで、それらを整理し、家庭における男性の立位での排尿を実現するため便器に求められる条件を定めた。加えて、その条件を満たしうるような便器の形状について検討した。

洋式便器での排尿事情

 まず、男性の排尿時における姿勢について確認する。男性諸君は確認の必要もないとは思うが、女性の読者の方々にも(実際に読んでくださる方がいるか不明だが)軽く説明したいと思う。


図 1.  一般的な排尿姿勢

 図1に示す通り、小便器やいわゆる立ちションでは、もちろん直立姿勢(以後、立位と記す)で排尿を行う。一方、洋式便器における排尿姿勢は複数のパターンが考えられる。
 1つは小便器などと同様に立位で排尿を行うパターン、2つ目は、便座に座り排尿を行う(座位)パターンである。日本レストルーム工業会の調査[1]によれば、2022年現在では自宅のトイレで小便をする際、およそ70%の男性が座位での排尿を行うと回答している。また、日本トレンドリサーチによる詳細な調査[2]では、座位での排尿を行う傾向は、若年層ほど高いことが示されている。

[2]の調査結果から、それぞれの姿勢の動機を整理すると次のようになる。

[立位]
排尿しやすい
残尿感が無い
手っ取り早い

[座位]
尿跳ねを防ぐため
掃除の手間を考えて
配偶者などに指摘されるため

 一方、少し古い調査にはなるが、2010年にアイシェアが行った調査[3]では、男性用トイレ(公共)で小便器の設置が必要と答えた人の割合はおよそ80%であった。
 これらを勘案すると、立位での手軽さや快適さはあるが、自宅などでは掃除の手間を考えて座位を選択している人が多いという現状が見えてくる。

男性の排尿における立位の重要性

 先述の通り、立位には排尿の快適さがあると考えられるが、この要因を考える。
 市中の泌尿器科などの解説サイトの説明をまとめると、排尿の快適さを決める要因は「腹圧の高さ」と「尿道の開放」であるとみられる。屋外にあるホースを想像してもらえれば、腹圧の高さが水道の水圧に、尿道の開放がホースの折れ曲がりの程度に相当する。
 断片的な情報からの類推ではあるが、これらの原理と残尿感に対する人々の感覚を踏まえると、座位での排尿時は尿道が一部閉塞されており、残尿感につながっているのではないかと考えられる。男性の読者の中で座位で排尿で行っておられる方々には体感でご納得いただけるのではないかと思う。
 参考として、医学系の論文などを漁ってみると、筆者のつたない見識では、これらを直接説明するような記述を見つけることができず、むしろ座位によって排尿が改善した”など一見仮説と矛盾する記述が見つかる。
 これは前立腺肥大などの疾患を持つ人での症例であり、すでに尿道が閉塞された状態で座位によって腹圧が上昇し症状が改善したということであり、この仮説の直接の反証にはならないと考えられる。まとめると、座位では尿道に閉塞が起こっている場合がある残尿感につながっていると考えられる。ただ、この項目については、医学に明るい方々に補足していただきたいところである。

尿跳ねの問題とその対策

 座位を選択する要因(ほぼ唯一で最も重要な要因)となっている尿跳ねの防止について、原因とその対策を述べる。原因はおもに2つあり、各原因への対策自体は検討することができる。(便器の設計に応用できるかどうかは別問題だが…)

 対応策の1つは、尿が液滴に分裂する前に便器内で回収することである。Hurdらの研究[4]によれば、尿跳ねの原因は、空気中を進む円柱状の流体が流出口から離れるほど連続体から粒状に分裂し、その液滴が便器の表面や水面と衝突する際に弾けるメカニズムが存在するためである。比較画像を図2に示す(画像は[4]の実験映像[5]より抜粋)。

図 2. 尿跳ねのメカニズムと飛距離の比較([4]の実験映像[5]より筆者作成)

 上2つの画像は飛距離が長く、流体が液滴に分裂してしまった場合、下2つは連続体としてふるまっている状態である。画像からも、液滴の状態になると衝突時に全周方向への跳ねが生じているのに対し、連続体では、衝突後も流れが安定していることが分かる。
 連続体が液滴に分裂する現象は流体力学の世界でレイリー不安定性として知られており、理論的にもある程度計算が可能なようではある。[4]の実験ではここに衝突時の液滴の挙動などを加味して検証を行った結果、放出口から便器までで許容される飛距離は平均12.7 cmと求められた。したがって、この距離以内に便座を近づけることが重要になってくる。座位の排尿ではこの距離は十分に満たしているといえる。

 しかし、座位で用を足している読者の多くが感じていると思うが、現実には座位での排尿でも尿跳ねが起こる。2021年のライオンの研究[6]でもこの点は指摘されている。この要因について分析が必要である。

 もう1つの重要な要因は尿の”着地”時の入射角である。2013年のNHKためしてガッテンとライオンの共同研究[7]で、尿の「着地」方向も尿跳ねを防止するうえで重要であることが示されている。(図3)

図 3. 尿の”着地”箇所ごとの尿跳ね量([6]より抜粋)

 この実験は、尿を狙う位置ごとに便器外への尿跳ねの量を評価したものである。その結果、「奥狙い」では他の場所と比較して20倍以上の尿跳ねとなっている。この結果から、「着地」の入射角が流れ方向に対して垂直に近くなる(小さくなる)ことが重要と考えられる。[4]の研究では飛距離と入射角について個別の分析は行われていないため、実験の映像から入射角について考察する。

 [5]の実験映像では入射角を連続的に変化させている。(図4はその時のキャプチャである)ここから分析すると、入射角40度以下で流れと反対の方向への跳ねが生じている。(図4右側の楕円で囲った部分)。座位での排尿では、個々の角度が垂直に近くなるためほぼ確実に尿跳ねが発生することになる。

図 4. 入射角度による尿跳ねの発生

 したがって、飛距離が12.7 cmを下回る条件の下でも入射角を40度より大きくすることが必要な要件となってくる。(ただし、この実験が入射角のみを変化させて行った実験かどうか、その部分は要検証である) また、補足的な要素として尿垂れについても注意が必要である。これは排尿終了時に尿勢が弱まった際、便器の手前のフチや床に尿が垂れる現象である。公共の男性トイレの小便器でも「一歩前へ」などといった記載があるのはこのためである。
 また、小便器の下部にある出っ張り部分の名称は「タレ受け」なので名前通りである。したがって、立位に対応した便器では、タレ受けの奥行きや便器に近づいてもらう工夫が必要になってくる。実際にTOTO製の小便器では図5のように便器に近づいた排尿を促すような工夫が行われている。

図 5. 小便器での形状の工夫(TOTOのカタログ[8]から引用)

家庭用便器の制約

ここまでの検証を踏まえ、立位の排尿を可能にする便器に必要な要素を考えていきたい。

まず、都市などに居住している一般家庭に設置する便器を想定しており、原則として設置する便器は便所当たり1据と考える。したがって、小便器に特化することはできず、大便器という範疇の中で立位の小便に対応することが必要である。

ここで、今回対象とする家庭用大便器が想定しなければならない排便の形態を次に示す。

・成人男性の立位での排尿
・成人女性の座位での排尿
・成人男性・女性の座位での排便
・児童の座位での排便・排尿

※幼児の排便はいわゆる「おまる」などの携帯便器によって行うと想定した。

現在の大便器では、これらの形態と人間の座りやすさなどを考慮し、その寸法がJIS規格に定められているため、その基準を満たすべき寸法基準として今回検討する便器の要件に組み込むこととする。

JIS規格の便器に関する規格 [9]を参考にして、その中の図6 大便器主要寸法から
・便器幅: ~355 mm
・座面高さ: 370~390 mm
を必要な要件として採用する。また、家庭に設置することを想定すると、既存の便器と同程度の大きさとする必要があり、
・全長: 550 mm程度
とする。(JISには指定はないが、便器先端から便座取付穴(便器の奥とは異なる)まで440~470 mmという指定を踏まえて決定した)

家庭用小/大用便器の概念設計

寸法と形状の要件を取りまとめる。

①      既存便器と同程度の寸法
(ア) 奥行: 550 mm 程度

②      排便姿勢に対応する形状
(ア) 便器幅: ~355 mm
(イ) 座面高さ: 370~390 mm

③      尿跳ねを防止する構造
(ア) 尿の飛距離を12.7 cm以下にする構造
(イ) 尿の入射角が40度以上の浅い角度で入射できる構造
(ウ) 便器に対し接近しやすい形状

これらの条件を、家庭用大用便器を立位小用に用いるための要件と定義することとする。

③についてはあまり要領を得ないものとなっている自覚はあるが、今後、形状の検討を進める中で、より具体的なアイデアが出てくることで明快な要件になっていくのではないかと考えている。

本稿の主題は要件の定義までだが、これらを実現できる便器の形状について具体的な検討が必要である。筆者も様々な形状・配置形態について探索を行ったが、現状として明快な解というものが得られているわけではない。読者の方々にも「これだ!」といったアイデアがあればぜひ教えていただきたいと思っている。(最後に投稿用フォームのQRコードを掲載しているので、そのような案があればお送りいただけると幸いである)

具体的な便器の想定

たださすがに、具体的な例を1つも示さずに終わるのも筆者として無責任かと思うので、現状で最も実現性があると考えられる例を1つ示す。

図 6. 便器形状の一例

 図6に示したものが想定例である。全体のコンセプトとしては、便座自体を立位での尿跳ねを防止できる範囲までかさ上げし、それをフォローする形で床面を配置した形となっている。座位で着座する場合は、1段目に足をかけた状態で便器に跨るように座り、前方に移動するような動きとなる。背もたれのある椅子に逆向きに座るような状況と考えていただければわかりやすいと思われる。それぞれの排泄をキャッチする場所として、便器断面の左から座位での排尿、座位での排便、立位での排尿という順である。

 図6の通り、既存の洋式便器とは大きく異なる点として、座る際の体の向きが逆となっている点がある。主な利点としては、尿の入射角の条件を満たす形状を想定しやすいことである。従来の便器での座位における排尿と立位での排尿は、入射角を一方に適応させると、他方が立たずという状態にあり、互いに相いれないものとなる。原因はその体の向きが異なることによる影響が大きいが、体の向きを統一することでこの問題を解消できる。一方で課題もある。まず、便器周辺に段差があることで、けがのリスクやバリアフリーの問題を抱えている。

今後の検証

 今後追加で行いたい検証としては、具体例に示した便器の構造について、実物大のモデルを作成し、実際に利用可能かどうかの試験と、適切な座面一の探索を行う必要がある。一方で示した一例にはトイレ習慣との齟齬やバリアフリー面での課題が明らかである。そこで、今回求めた立位での排尿を実現する便器形状の条件に合致するような形状について、さらに探索の幅を広げ、トイレ研究会の各位や読者の皆様と議論を深めながら、形状に関するアイデアを検討していきたい。

 また追加の基礎的な検証としては、尿の軌跡の物理的運動を考えることから射点が許容される位置を幾何学的に求めることが挙げられる。これらの解析結果から従来の排尿位置とは想像できないような位置において、尿跳ね無く排尿が可能な場所が見つかる可能性があるため、射点に関する数式的・幾何学的な解析を行いたい。

最後に

本稿や便器のアイデアについて、読者の皆様の忌憚ないご意見が今後の励みや着想の種となります。ぜひ最後に掲載しているQRコード(図7)よりご意見ご感想、便器のアイデアなどお送りいただけると幸いです。

図 7. 本稿向けご意見・アイデアフォーム

参考文献

[1] 「立小便は少数派? 約半数が座って使用!」,日本レストルーム工業会,
https://www.sanitary-net.com/trend/spread.html, [閲覧日:2022/9/16]

[2] 「【既婚男性のトイレ事情】30代以下の約8割は「座りション派」」, 日本トレンドリサーチ, https://trend-research.jp/9414/, [閲覧日: 2022/9/16]

[3] 「男性用トイレ、小便器は必要なのか」, IT media ビジネスオンライン,
https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1005/14/news034_2.html, [閲覧日:2022/9/13]

[4] Randy Hurd, et al. "Urinal Dynamics", 2013, 66th Annual Meeting of the APS Division of Fluid Dynamics, Volume 58, Number 18.

[5] "Urinal Dynamics: A Tactical Guide", Splash Lab,
https://splashlab.org/2013/11/06/urinal-dynamics-a-tactical-guide/, [閲覧日: 2021/8/25]

[6] ライオン株式会社,「ライオン・男性の小用スタイルに関する実態調査2021」,2021, https://www.lion.co.jp/ja/news/2021/3627.

[7] ライオン株式会社,「トイレの尿ハネ実態と男性の小用スタイルの関係」,2015,
https://lion-corp.s3.amazonaws.com/uploads/tmg_block_page_image/file/2480/20151117.pdf.

[8] TOTO, 「TOTO 住宅&パブリックカタログ 2021」, 2021.

[9] JISC(日本産業標準調査会), 「JIS A 5207:2022 衛星器具 – 便器・洗面器類」,2022.

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