ドーム映像作品『HIRUKO』を観て

 2023年6月30日、西新井ギャラクシティにて、飯田将茂監督、最上和子主演のドーム映像作品『HIRUKO』の上映会&トークショーを鑑賞した。

 4,5,6月の3回にわたって、最上さんの原初舞踏ワークショップに参加させて頂いた後での初鑑賞。ワクワクしながら会場に向かった。

 会場では、プラネタリウムで星空を見るように椅子を最大限倒し、スクリーンを仰ぎ見る。スクリーンまでの距離が意外に短く、これは迫力ありそうだなと思った。(そして実際その通りだった。)

 上映が始まると、暗闇の中から最初に魚の映像が浮かび上がった。
えらと口が、ピクピク、パクパクとゆっくり動いている。魚のヌメヌメ感も手伝ってか、生々しい「生」を感じる。
やがて動きが止まり、魚が死んだことがわかる。

 次にモノクロの男性の顔のアップが浮かび上がった。表情が激しく動いている。困惑と、恐れが混じったような表情だ。
 何故かこの世に生まれたばかりの赤ん坊のように見えた。もちろん顔は大人なのだが、中身(精神?)は幼いように見えた。「ここはいったいドコなんだ?」と、訴えているように見えた。
 時折ドーン、ドーンと太鼓の音が響き、音に酷く怯えている様子だった。
もしかすると、この世ではなくあの世に行った方なのかな?
だとすると、今彼の顔が見えている私も、あの世にいるのかな?などと連想する。この世とあの世の曖昧さ。
 彼はさっき死んだ魚の象徴?
顔はどんどん遠ざかり、闇に消えていった。

 次に人々がこちらに向かって歩いてきて、一人ずつ木の枝を置いては去っていった。まるで自分の身体の上に枝が置かれているように感じた。
自分は死んでしまって、これから火葬される設定なんだろうなと思ったら、その通りだった。炎の映像が流れ、消えていった。
 記憶が定かではないが、上映中、画面中央にものすごい勢いで吸い込まれるように感じて、恐くなった場面があったが、それがこの時だったかもしれない。「死の恐怖」の表現なのかと思った。

 最後のパートは、赤とシルバーを基調とした衣装を身にまとった最上さんの踊りが映された。背景は漆黒で、浮かんでいるように見えるが、実際は床に横たわって踊るらしい。
ワークショップで体験した「床稽古」のようだと思った。
最上さんが、内側からナニカに動かされているように見えた。
時々不自然に身体が膨らむようにも。
 印象的だったのは、最後の方の手から指先までの動き。何というか、イノチが指先から抜けていったような感じだった。
お面を外す所も印象的だった。外した後の表情が、また何とも言えない…。
苦しそうなんだけど、それだけでもない……。
 彼女は死んでいく魚の象徴で、お面を外した辺りからあの世に向かっていて、あの世に行くときは「魚」という「顔」はもう要らないから外したんだなと思った。
私たち人間も、あの世に行く時は役割(妻だとか母だとか)や社会的な肩書は不要で、本当のその人自身になるんじゃないかと思う。それを「魂」と、いうのかな?

 この作品を観る前にワークショップを経験したことは、作品を鑑賞するにあたって大変プラスだったと思う。
ワークショップと『HIRUKO』の相乗効果で、今まで知らなかった世界を垣間見ることが出来て良かった。
 関係者の皆様、このような場を設けて下さってありがとうございました。


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