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ランタンは心臓【ショートショート/#冬ピリカ応募】

「これが君の新しい心臓だよ」

 医師が由奈に見せたのは手に乗る大きさのランタンだった。
 ランタンは火を抱いて淡い明かりを発している。

「百均に売ってそうな見た目ですけど」

「でも同じ物が君の胸に入っているんだ。『死神』って落語知ってるかな。火は命で、消える前に交換する必要がある」

 こんなものが心臓の代わりになるなんて、科学って不思議だよねえ。
 と医師は首をかしげた。

 中学生の由奈は落語の話も知らないからもっとハテナまみれだった。
 体育の授業で倒れて、気付いたら手術も終わっていて、いまいち現実感が無い。

 ランタンらしき機器は人工心臓だ。
 火は、医師が人工心臓の劣化を見落とさないためのデザイン。
 皮膚から僅かに漏れる明かりが弱くなったら取り換えのサインなのだ。

「光が漏れるのは恥ずかしいって思うかもしれないけど、肉眼じゃ見えない程度だから安心してね」

 ただし、と医師は笑みを含んだ顔で言う。

「鼓動が激しくなると光も強くなるらしいんだ。由奈ちゃんくらいの子だと恋のドキドキには要注意かもね」


「本当に光ってんの?」

 体操服に着替える途中の胸元をクラスメイトの絵千佳が覗き込んでいた。
 顔を近付け手で影を作ってみても明かりは見えない。

「肉眼じゃ見えないらしいよ」

「え、つまんな。てか、体育出て大丈夫なの?」

「いいわけないじゃん。見学だよ」

 絵千佳の顔を退け由奈は体操服を着る。その上にジャージを羽織る。
 クラスメイトたちが次々教室を出ていくが、由奈は絵千佳を待った。

「私、由奈が死んじゃったら泣いてたと思う」

 ブラウスを脱いでハーフトップを露わにした絵千佳が、窓の外に広がる冬空を見てそんなことを言う。
 もしかしたら由奈が行ってしまっていたかもしれないその場所はよく晴れていた。

「生きてても泣けよ」

 と由奈は苦笑した。でも嬉しかった。
 さも泣いてないふうな口振りだったけど絵千佳はきっと泣いただろう。
 照れ隠しってことだ。
 回りくどい友情がとても愛おしく感じられ、由奈の鼓動は大きくなった。

「冬休みさ、初もうで一緒に行かない?」

 と由奈は誘ってみる。絵千佳は即答した。

「いいね。絶対行く。私、賽銭に五百円投げるから」

「なにその宣言」

 由奈の想像の中で、絵千佳の投げた五百円玉が元日の日差しにきらきらと輝いた。

 きっと楽しい初もうでになるに違いない。
 想像するだけで由奈の胸は高鳴った。

 ランタンを光らせるものはなにも恋愛だけじゃない。
 人生はドキドキに満ちていて、休まることなく感情は揺さぶられる。

 でも、光なんていくらでも漏れればいい、と由奈は思った。

「絵千佳、走ろう。もう授業始まっちゃう!」

 由奈は駆け足で廊下に飛び出した。
 走っちゃいけないんじゃないの、と絵千佳の声が追いかけてくる。
 胸の内側が温かくなっていくことを感じる。

 ランタンの火よ、もっと強く光れ。
 全速力で由奈は走った。

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