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1950.9.13 第一次文化人切手 九代目市川團十郎

八代目三笑亭可楽が演じる「二番煎じ」という噺の中で、火の用心の夜廻りをする旦那衆のやり取りが軽妙で面白いのですが、吉原で自分がいかに人気があったかという思い出を語る所で「助六の文句じゃないが、煙管の雨が降るようだ」という表現が出てきます。

特に出典を気にしたことはなかったのですが、先日たばこと塩の博物館に杉浦非水の展覧会を見に行った際に、このセリフが歌舞伎「助六由縁江戸桜すけろくゆらいのえどざくら」で主人公の助六に花魁や遊女が次々と煙管を差し出す場面のものだということを知りました。

19500913_C178_九代目市川團十郎

この話は九代目市川團十郎の当たり役だそうですが、何度も演じていたわけではなく、亡くなる数年前の明治29年5月が最後の舞台で、その前に演じたのは12年前の明治17年まで遡るそうです。当時は映像や音声の記録も十分に残すことができませんので、跡を継ぐ方々の苦労が偲ばれます。

出典というか由来でいうと、コンビニなどで手軽に買える助六寿司も、当初いなり寿司(揚)と海苔巻き(巻)の盛り合わせから助六の恋人の揚巻の名を取り揚巻寿司と呼ばれ、それがいつの間に紫色のハチマキ(巻)をした助六の人気にあやかりこの名前になったそうです。


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