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【童話】迷子の鬼

 布団から出ていっちゃった。
 いなくなっちゃった。
 鬼は外、なんて言うから。
 鬼は外。
 あっくんの目に涙がうかんできた。
 胸がぐぅと押されたみたいに痛かった。

 節分の日。
 あっくんの住む街では、福豆を自分のとしの数だけ十字路じゅうじろに置きに行く。
 気をつけることは、ひとつだけ。
 振り向くな!
 振り向くと、鬼がいるから。鬼がついてくるから。鬼の世界に連れて行かれるから。
 十字路じゅうじろの真ん中にそっと豆を置いたときから家に戻るまで、振り向いてはいけない。絶対に。

「五つ。豆、数えたよ」
 あっくんが言うと、お母さんがその豆を白い紙で包んでくれた。
「じゃ、行こう」
 お父さんは、あっくんに上着を着せた。
 外に出ると夜風がきゅんと冷たかった。
 毎朝、幼稚園に行くときに歩く道の先が暗い。空には月と星。夜は、街のいろを変えていた。
 猫が道を横切っただけで、あっくんの心臓はどきんとして、お父さんとお母さんの手をぎゅっとにぎった。

 紙に包んだ、家族それぞれのとしの数の豆を、十字路じゅうじろに置いた。
「あっくん、うしろを見たらダメだよ」
 お父さんが言った。
「うん。見ない」
 右にお母さん、左にお父さん、三人で手をつなぎ、家に戻り始めた。星がきれいだねと、空を見ながら歩いた。
 しばらくすると、あっくんは小さな足音に気づいた。
 たったったった。
 背後から、誰かが走ってくるような音が聞こえる。
「えっ?」
 あっくんは、振り向いてしまった。 
 
 あっくんは、見てしまった。
「おに。鬼がいる」
 あっくんは、叫んだ。
「鬼が追いかけてきたぁ」
 お父さんにしがみついた。
「あらあら、あっくん、振り向いちゃったのね。大丈夫、大丈夫よ」
 お母さんがそう言い、お父さんがあっくんを抱っこしてくれた。
 あっくんは、お父さんの温かくて大きな胸に顔をうずめた。お父さんは、あっくんを抱っこしたまま歩く。
 あっくんは、そっと顔を上げて、お父さんの肩ごしに、もう一度、うしろを見た。
 いた。鬼がいた。鬼がついてくる。
 たったったった。

 鬼は小さかった。
 鬼はあっくんと同じくらいの背の高さで、頭に小さなツノが生えていて……泣いていた。
 涙を流しながら、ひっくひっくと小さな声をあげ、たったったった、あっくんたちのあとをついてくる。
 鬼はあっくんの家までついてきた。あっくんの家の中にまで入ってきた。
「おに。鬼がいるよ」
 あっくんは、何度も、お父さんとお母さんに言った。
「大丈夫、大丈夫」
 お父さんもお母さんも笑ってそう言う。
「おに。鬼だよ」
 あっくんは鬼を指差した。
「あっくん、安心して。鬼はいないから」
 お父さんもお母さんも、鬼が見えていない。
 
 子供部屋のすみっこで、ひざを抱いて座り、ひっくひっくと泣いている鬼。
 お父さんとお母さんが寝てしまっても、あっくんは泣いている鬼が気になって、眠れなかった。
「なんで泣いてるの?」
 勇気を出して聞いてみた。
「お腹、すいた」
 鬼の声があまりに弱々しくて、あっくんは鬼のそばに行き、鬼の手を握った。小さくて柔らかくて、ほんわか温かかった。
 鬼の手を引いて、キッチンへ行った。テーブルの上に、鬼に向かって投げるはずだった豆があったので、それをあげた。
「豆、嫌いじゃないの?」
「おいしいよ」
 鬼は、かたい豆を口いっぱいに入れて、ぽりぽりとかんだ。

「今日はね、人間に見つかったらいけない日だったの。だからね、隠れていたら、迷子になった」
 鬼は「パパ、ママ」と言って、思い出したようにまた涙をこぼし始めた。
 あっくんは、おやつの残りのチョコレートも鬼にあげることにした。
 鬼は、涙と鼻水でぐちゅぐちゅになった顔でチョコレートを食べた。
「パパとママも鬼なの? 」
「鬼だよ」
「鬼のパパとママって、怖いの?」
「やさしいよ」
「鬼って、悪いことするの?」
「えっ?」
「鬼は乱暴者だから、退治されるんだよね?」
「みんなが言ってるの?」
「うん、絵本とか、幼稚園の先生も」
「ふーん。人間の方が、豆、投げてくるよ。乱暴者だよ」
 鬼は、チョコレートがついた口でそう言った。
 涙と鼻水とチョコレートいっぱいの顔で、鬼はあっくんを見つめた。
「ねぇ、ぼくのこと、怖い?」
「いまは、ぜんぜん怖くない」
 鬼はにっと笑って、パンツのポケットから何かを取り出した。
「ぼくの宝物、あげるね」
 きらきらきらら。光る石だった。
「わぁ、きれい。ありがとう」
 あっくんと鬼は、おでこをくっつけるようにして、光る石を見た。

 それから、あっくんと鬼は子供部屋に戻り、ベッドに入った。
 布団の中で、鬼とあっくんは、ほっぺたをくっつけて目を閉じた。あたたかくて気持ちいいなぁと思いながら、眠りについた。

 朝、あっくんが目覚めたら、鬼の姿はなかった。ベッドの中にも、部屋の隅にも、いない。
 布団から出ていっちゃった。
 いなくなっちゃった。
 鬼は外、なんて言うから。
 鬼は外。
 あっくんの目に涙がうかんできた。
 胸がぐぅと押されたみたいに痛い。
「あっくん、おはよう」
 お母さんとお父さんが子供部屋に入ってきた。
「鬼が消えた。いなくなっちゃった」 
 あっくんの目から涙がこぼれた。
「夢見たの?  鬼なんていないわよ、安心して」
 お母さんは、あっくんを抱きしめた。
「どんな夢だった? お父さんに話してくれよ」
 お父さんは、あっくんの頭をなでる。
 あっくんは、ほっぺたから落ちてきた涙を舌でなめて、夢だったのかなぁと思いはじめた。
 掛け布団をめくってみた。
 きらきらきらら。
 そこには、光る石があった。


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