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語りの方法について考える

講談を聞きに行った。

知人が「語りの方法について考える会」という場を企画していた。今回はその第1弾として、講談師の田辺凌鶴さんが出られるという。


前半は古典の講談を一席。
こうしてちゃんと講談を聞くのは初めてだった。

物語に接するとき、現代の私たちは、文字よりも音よりも映像を見てしまうことに慣れている。映画やドラマでは、役者が登場人物になりきり、演じてそのセリフを話す。そこに語りが入ることはごくまれだし、私たちはその情景を映像による視覚で十二分に与えられている。

講談で語られる物語には、人物のセリフと語りが入り混じる。語りには、物語の中の情景描写だけでなく、時に講談師自身の言葉としての説明やツッコミも入ってくる。もちろんそれらはすべて講談師ひとりの口から発せられる言葉なのだけれど、登場人物のセリフと語りと、複数の絡み合う視点が滑らかに行き来して、聞き手の私たちはそれを吸い込みながら自然と頭の中に描いていく。

話し手と聞き手の見えないやりとりの自然さは、それこそ講談師の手腕によるものなのだろうと感じながら、気づけば私もその舞台の舟に乗って、さらさらと同じ川を流れているような気分だった。


後半の一席は、会のテーマでもある、ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫さんのライフヒストリーにまつわる講談。

ハンセン病の歴史についても知識がなかった私には、生まれ故郷を明らかにしないために多くのハンセン病患者が本名とは異なる別名を名乗っていたことや、結婚するときには子どもができないよう手術をしなければいけなかったことなど、どれもが想像を超える事実だった。

今回の講談では、桜井哲夫という壮絶な人生のエピソードの中からも、さまざまな人との出会いや彼の詩、そこから垣間見える思想など、光や希望を感じられるエピソードが取り上げられていた。会に来られていたハンセン病問題の普及啓発に関わっている方々は、ハンセン病に対する差別や隔離生活の負の側面をたくさん知っているからこそなのだろう、その物語の切り取り方にとても印象が強いようだった。

講談の後、着物からラフな普段着に着替えた凌鶴さんは、桜井哲夫さんの本などを読む中で、自分の人生観にも共鳴できる部分を自然と拾って講談にしているのだろう、と話していた。

講談師、といえば、話し手としてのイメージが強かった。落語家が噺家と言われるように、どのようにその台詞を言うか、抑揚や強弱の付け方、その語り口こそが職業なのだという印象で。

古典もまともにしらない私がこんなことを言ってもいいのかはわからないが、今回のような新作を聞いてみると、講談師の編集者としての側面が浮き彫りになる。

本人や身近な人から語られたひとりの人生を、受け取り、飲み込んで、反芻して、そして自分の言葉で口にする。そこにあるのは、どのエピソードを選び、どの言葉を選び、ひとつの物語として紡いでいくかという、話す前の編集者としての姿だ。


今日のこの会に集まり同じ講談を聞いた人たちは、このひとつの体験の何を持ち帰り、どう語るのだろう。

私は私の語る方法を、ここからまた考え始める。

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