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なりたかった、なれなかった

社内試験があった。
それはもう、過酷であった。なぜ平から一つ上に上がるだけでこんなにも辛いのか何度考えても理解できなかった。

まず受けるには今後使えるかよくわからない資格がいる。そして、年末年始返上でレポートを書かされる。提出日までに何度もチェックが入り、書き直しになり、連日眠れない日が続く。出し終わったら平日3日間でパワポを作成する。そして1週間毎日プレゼンの練習をしながら、筆記試験の対策もする。それでいて合格率が著しく低い。

以上のような異常が確定した時、気持ちより先に体が拒絶反応を示した。ベッドから起き上がれなくなり、熱が出た。危険察知能力がすごいな君。

ところが逃げることは許されなかった。辞退すると「チャンスを不意にするなんてけしからん」と周囲から白い目で見られてしまう。僕は願わくば黒い目で見られたいタイプなのでこの地獄にしぶしぶ飛び込むしかなかったというわけだ。

さて。レポートで苦しんでいる12月24日、M-1グランプリが開催された。そこで僕たちは奇跡を目の当たりにした。

令和ロマンの優勝である。

もちろん実力派だし、元々話題になっていたコンビだ。
でも初出場でトップバッターと分かった途端、記念受験みたいなもんだねと誰もが諦めた。そもそも過去中川家以外、トップバッターで優勝したコンビはいない。運が悪かったね、こればっかりはなぁ、今年は爪痕残せたらいいよね!そんなポストを山ほど見た。僕自身もそんなことをつぶやいた記憶がある。ところが、諦めていたのは僕らだけで、当の本人たちはらしさ全開で、颯爽と王者の座をかっさらっていった。

僕は特にボケの高比良くるま氏に衝撃を受けた。周りの巻き込み方が尋常じゃない。目線、動き、声の張り方、表情の作り方…それら全てが恐ろしいほどに完璧だった。見ている側が傍観者にならない、2人だけの漫才ではなく、会場全体、そして視聴している全員で作り上げた漫才がそこにあった。

とにかく彼を研究しよう。彼を憑依させることだけが、この地獄に垂らされたたった1本の蜘蛛の糸だ。そう考えたら、みるみる勇気とやる気が湧きあがるのを感じた。

仮眠をとる時は、彼らの動画を目覚まし代わりにし、勉強や対策の休憩時間には印象的なフレーズを復唱したりもした。
なんだか一緒に戦っているみたいで頼もしくて、いつもより頑張れる自分がいた。

プレゼンの練習時期になると、偉い人たちがぞろぞろと聞きにやって来て、好き放題ぶちまけて、またぞろぞろと帰っていく。わざわざ時間を割いてくれてありがたい話だけれど、受験者の心は粉々になっていく。

だけど僕は大丈夫だった。誰よりも滑らかに自信たっぷりに、隙を見せずに楽しそうに振舞った。普段の蚊の鳴くような声の、弱弱しい、頼りない姿からは想像もつかないためか、偉い人たちは面食らい、ざわついている。そのざわめきは更なる自信に繋がった。

そして本番当日。僕のプレゼンは朝イチでスタートした。ノックをして、部屋に入る。自己紹介をしてプレゼンが始まる。
このプレゼンは5分というタイムリミットがある。M-1より1分長い。奥で女性がストップウォッチで測っていて、5分を過ぎると事実上の失格となる。

練習以上に丁寧なプレゼンを心がけたつもりだ。
4人の試験官の顔を交互に見ながら、抑揚をつけて、一人一人に語り掛けるように言葉を重ねた。博多大吉に、富澤たけしに、山田邦子に、そして松本人志に。

「それをマジで今日全員で考えたくて」とファーストラウンド冒頭で客席と目線を合わせて語り掛けるあのシーン。

ファイナルラウンド「ドラマ」で、社長の言葉に感銘を受けて拍手をするが周りに広がらずに表情が変化していくシーン。

僕は緊張も恐怖もおくびにも出さない、まるで余裕綽々かのように、振舞い続けた。

プレゼンが終わるとタイムキーパーが「4分20秒でした」と記録を告げる。上々だ。でもまだ気を抜けない。質疑応答が始まるからだ。

15分間の質疑応答は、試験官一人一人が気になった点をぶつけてくる。言い淀んだり、頓珍漢な答えをすると減点となる。

1つずつ細心の注意を払って打ち返していく、取りこぼさぬように、取り乱さぬように。
幕間でも気を抜かなかった彼らを思い出せ。

「あなたは声が素晴らしい」「提案内容がとてもよくできている」「下調べもしっかりとされている」自分で言うのもなんだが、好意的な意見を沢山もらった。これは、いける。僕が奇跡を意識し始めた時、おもむろに松本人志が切り出した。

「プレゼンでなく、事前提出のレポートについて触れます。問題と課題の違いを理解していますか?顧客課題が潜在的なものではないのはなぜですか?」

調子が、狂った。

もう今更どうしようもないレポートをつつかれた。嘘やハッタリはバレるので、正直に言葉を返した。だけど、自分でも失速を感じていた。ほかの試験官にもその温度感が伝播しているのがまざまざと分かった。

「ブラッシュアップしてください」

その言葉を受け、僕は部屋を出た。
せめてもの足掻きとはいえ、部屋をでる最後の最後まで意欲的な笑顔とはきはきとした返答を崩さなかった自分に拍手を送りたい。

1か月後、結果が出て、不合格を告げられた。
その瞬間、僕は高比良くるまから、ただの酷く薄っぺらいはんぺんに戻った。
令和ロマンのように初出場での勝ち残りができなかった。

でも僕が絶望せずにここまでこれたのは、令和ロマン、あなたたちのおかげだ。一緒に戦ってくれなかったら僕はとうの昔に逃げ出していただろう。

僕は改めて、あなたたちを尊敬する。
そうすることで、僕は間違っていなかったと確信し続けられるから。

邪な理由でもいい、恥ずかしくて、辛くて、滑稽で、それで一方的に勇気づけられて、社内試験とM-1を勝手に重ねて、自己紹介でブルベ冬のはんぺんですって言っちゃったらどうする?とか想定外の質問がきて行き詰まった時に、吉本の社員さんが「ええやん、お笑いやん!おもろかったらなんでもええやん!」って入室してきたらどうツッコむ?とか、頭のどこかに常に2人がいたから、笑って駆け抜けられたんだ。


スポットライトの下。
観客はいない。
ぽつんと僕らだけが立っている。

「どうでもいい正解を愛するよりも、面白そうなフェイクを愛せよ。」
くるま氏が、したり顔で言う。

「なんだお前、もういいよ。」
ケムリ氏が困惑気味に突き放す。

「どうも、ありがとうございました。」
僕が2人に深々と頭を下げる。

頭をあげると、もう2人はいなかった。

2024年2月28日深夜 自室にて 夜ふかし癖が抜けない、冬。

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