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プラセボ探偵 光永理香 6

6 震災と日本人

自警団はかっちゃんの言う事を信用せず女を襲っていた男の言い分を聞き入れた。
男は「暗がりで用をたしていたらいきなり蹴り上げられた」と言い放った。
かっちゃんが反論しても刺青の入った暴力団の構成員の話しは信用されなかった。

その後、かっちゃんのアニキ分が詫びを入れてかっちゃんは開放された。警察に突き出さなかったのは深く取り調べられるとボロが出ると思った男が「アニキ分の顔を立てる」と調子良い事を言ったおかげだった。

納得出来ないかっちゃんは女を探した。
しかし暗がりで一瞬見ただけの女を見つけ出すのはそう簡単な事ではなかった。
「でも避難所の何処かには居るはずだ」とあきらめず頻繁に避難所を訪れた。
そうしているうち誰かに見られている気がした。
ふと振り返ると小さな女の子が立ちつくしていた。
「お嬢ちゃんお兄さんに何か用かい?」
女の子は黙ったまま四つ折りの紙を突き出した。
「俺にお手紙をくれるのかい?」
女の子は頷いてそのまま振り返り駆けていってしまった。
その子を追いかけるより手紙の内容の方が気になったので追いはしなかった。
手紙には決っして上手とは言えない文字でこう書いてあった。

「あの夜、あなたに助けてもらった者です。
 ありがとうございました。
 そしてあなたを置いて逃げてしまい本当にごめん
 なさい。
 どうしても逃げ出すしか無かったのです。
 お許し下さい。
 私はC鮮人です。生まれは日本ですが国籍は違いま
 す。あの時は男に日本の籍をあげるから俺と結婚
 しろと迫られていました。でもあの男には奥さん
 がいて、断ると怒り出し襲いかかって来ました。
 そこをあなたに助けられたのです。地震で親も住
 むところも無くして幼い妹と行くところは他にあ
 りません。
 今はこの避難所でひっそり身を隠すしかありませ 
 ん。どうか探さないで下さい。
 身勝手なお願いですがどうかお許し下さい。」

かっちゃんはここまで私に話すと黙ってしまいました。

そこで私、光永理香は思い込んでしまった。
かっちゃんに元気よくこう言ってやった。
「かっちゃん!あんたまだその女の人を助けて無いじゃん。最後まで責任もって助けてやりなよ」
電話の向こうでかっちゃんの任侠に火がついた。
「そうだな、俺まだ何もしてないな!」
「あの人を探して何か出来ることがあるはずだ」
私も励ます。「そうだよ!頑張れよ!」
「出来る事はきっとあるはずだよ」
「じゃあ、俺行ってくるわ!」そう言って電話は切れた。

それからかっちゃんは幼い女の子のいる姉妹を知っている人はいないか探しまわった。
そして遂に見つけ出し、明るい太陽の下で初めて彼女を見た。彼女の名前は「スヨン」と言った。
日光に照らされた彼女はとても素敵だった。

彼女は初めかっちゃんの親切に困惑していたがやがて心を開くようになった。幼い妹もかっちゃんに懐いた。しかし時折見せる暗い表情の訳はまだあの男が付き纏っているせいだった。

「おまえらグルだったのか」
あの男が声をかけてきた。かっちゃんとスヨンが仲良くしているのが気に食わないらしくかっちゃんを脅すつもりで言ってきた。
「この女を警察に突き出してやろうか?」
かっちゃんは男を睨んで拳を振り上げようとした。
男の背後から腕を捻りあげるヤクザがいた。
「アニキ!」かっちゃんが歓喜の声をあげる。
アニキと呼ばれる男はドスの効いた声で男に言った。
「アンタ、また会ったな。所でY口組のやってることが気に食わないのかい」「こっちは警察沙汰くらいでびびったりしないんでよ」「こっちはこっちのルール、任侠で動いているんで弱い者をいじめる奴は許せねえんだよ」
「まだ文句があるなら組の方で話し聞くが一緒に行くかい」
男は首を振ったかと思ったら全速力でその場から逃げ去って行った。
憧れの目でアニキを見つめながらかっちゃんは、
「アニキありがとうございます。」と言い、スヨンも頭を下げた。
アニキは続けて言った。
「いつまでもかっちゃんなんて半人前みたいな呼び名やめてお前もカツマタオサムとして一人前になれよ」「その娘と落とし前つけろよ」
かっちゃんは顔を赤くして首を横に振った。
「そんなんじゃないすっよ。やだなアニキ!」
スヨンも俯いて顔を赤らめた。
幼い妹が手を叩く。
周りの日本人も手を叩く。

その後色々な苦難を乗り越え二人は結ばれた。
震災で覆った苦労に比べれば大した事ないと二人は話していた。

思い込みでかっちゃんを焚き付けた私もほっとした。


つづく(6/52毎週日曜日20:00更新)

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