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プラセボ探偵 光永理香

2  Jリーグ発足

 私の勤めているレストランはホテルの中にある。
宿泊客の朝食から夜は22:00まで営業している。
もちろん交代制のシフト勤務で今日は遅番なのだ。
何故か閉店とラストオーダーが同じ時間なので
閉店間際にお客さんが来ないかいつもドキドキしながら片付けをしている。

「来るな、来るな」と思っていると入って来るもので、22:00の5分前に男一人と女二人の3人組が
こちらの都合などお構いなしにドカドカと入って来た。男は運動選手っぽいガタイをしていた。

憮然としてはいけないとはわかっている。
わかってはいるが無理矢理作った笑顔の口角は引きつって痙攣しそうだった。
「いらっしゃいませ。3名様で宜しかったでしょうか?」「宜しい」の過去形に深い意味は無い。

「見ればわかるしょ、他に誰かいる?」
「それともウエイトレスさんは霊能者?」
「誰か見えるの?」「宜保愛子?」
私は何も悪い事はしてないのに笑い物にされた。
連れの女達も私を見ながら失笑していた。

日焼けした顔にゴールドのネックレス。
軽くウェーブのかかった長髪には似合わない
肩幅の広いスーツ。
女どもは体のラインがクッキリ見えるワンピースに
高そうなバックを肩から下げていた。

私は頭の中を切り替えてマニュアル通りのセリフを吐いた。
「お客様、大変恐れ入りますがあと5分でラストオーダーとなりますが宜しかったでしょうか?」
こちらの気持ち的には宜しくないので、宜しかったでしょうかとあえて過去形にした。

「全然大丈夫、5分で注文するからさ」
「閉店は何時?」
この質問が一番いやだ。
「22:00でございます」
「えっ⁉︎」
「注文後すぐに閉店の時間だなんておかしくない?」「食事する時間が無いぜ」
この先のセリフはあまり言いたく無いんだが
マニュアル通り伝える。
「もちろんお客様の食事が終わるまで閉店はしません」
長髪の男がニヤニヤしながら言う。
「え〜じゃあテッペン越えても食事終わるまでいて良いの〜」
私は無心で答えた。
「そうですね、お客様にお任せいたします」
男は何か気づいたようでニヤリとして聞いてきた。
「あ〜!そうやってるうちに22:00過ぎましたっ!お帰り下さいみたいなの狙ってる感じかな〜」

私はカチンと来たが何とか冷静を保った。
「どうなさいますか、入店しますか?」
「それともルームサービスなら24:00まで承っておりますが?」
三人組は顔を見合わせ相談し始めた。
そうこうしている内に私はこの男が誰か思い出した。Jリーグのサッカー選手「K山 T介」だ。
今が一番油のノリ切ったバリバリの代表選手だ。
日本初のワールドカップ出場を目指す代表がこの程度かとガッカリした。
これは教育的指導を私が行うべきだと思い込んだ。

そしてレストランのBGMが止まった。
「お客様、大変お待たせいたしました」
「22:00を過ぎましたのでどうぞコチラへご案内いたします」男達は虚をつかれてポカンとしている。
「あっ案内って何処いくのさ」

私は3人を真っ暗な大宴会場に連れて来た。
この日は何の準備もされていない。
いわゆる「フラット」の状態だった。
突然、天井の照明が全点灯になる。
美しい緑の絨毯はまるでサッカー場の芝のようだ。
設備担当が偶然、電球切れのチェックに来たのだ。

K山が動揺しながらもなんとか叫ぶ。
「こんな所で食事が出来るのかよ!」
私はK山を睨み言う。
「あなたはここでサッカーをするのよ」
「こんな所で出来るかよ!」
「俺はJリーガーだぜ」
「ジャパンの代表にも選ばれてる」
私は吐き捨てる。
「それがどうしたの! Jリーガーはそんなに偉いの?」
私はまだ続ける。
「まだJリーグは欧州のチームの相手にすらはならないわ」
「それどころかアジアにだって強敵はたくさんいるのよ」「国内で天狗になって遊び呆けているようではアジア予選も突破出来ないでしょうね」

「お前に何がわかるんだよ」
「うるさいんだよ!素人が!」
女達も黙っていない。

私はひるまず言葉を発する。
「このままなら、あなたち日本代表は世界の壁に打ちのめされるでしょうね」
「特にアジア予選を甘く見ないように」
「中東の国のチームは死に物狂いでくるわよ」
「日本人は負けて帰国しても温かい拍手で迎えてくれるけど、中東の中でも、イラクとかは予選で負けて帰れば処刑されるわ」「後半でもロスタイムでも疲れを知らず絶対諦めずに向かってくるわよ」
「殺されるのは嫌だからね〜」
「普段遊び惚けて召集された時だけ頑張ったって敵わないわ」

「でも悪いことばかりではないわよ」
「衝撃的な日本の予選敗退も国内のサッカー人気は不動の物にする事になるわ」「ナントカの悲劇!なんて言われて国民全員が心に焼き付けることになるわ」

三人は呆れたまま聞いた。K山が言う。
「なんでそうなるんだよ」
「次の予選は突破出来るだろ」
「バモスさんもカジさんもいるし」

「そうね、スター選手はいるわね」
「でもその選手が怪我したらどうするの」
「同じ選手ばかり出ていたら相手は対策してくると思わない?」
「そうして勝てる試合を落とす」
「最後の最後でその負けが足をすくう」

まあ私の言える事はここまでだ。
「少し話し過ぎたわね」
「あら、もうこんな時間」
「みんな怒ってるかな」
「勝手に居なくったからね」

三人は鼻っ柱を折られてしょんぼりしていた。
「部屋帰ってルームサービスを頼むよ」
「じゃあな、アンタの言った事忘れないよ」
「本気の言葉身に染みたよ、ありがとう」

やっぱりスポーツマンだな、最後は素直だ。
「ウェイトレスの仕事ガンバレよ!」
「お前もガンバレよ」

その後、あれだけ言ったのにサムライジャパンはアメリカワールドカップには出場出来なかった。
ロスタイムの最後の最後で失点してワールドカップ出場を逃した。

「わたしはアドバイスはしたけど」
「そう簡単には変わらないわね」
「アソコでショートコーナーで来るとは予想しないはね」
「Jリーグはまだ出来たばかり。こらからの若者は
どんどん海外へ出て武者修行して欲しいものだわ」

今日も思い込みばかりで言ったもん勝ちだったな。

つづく(2/52毎週20:00更新)


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