人と場所と… ①

 前職で、0歳の赤ちゃんを育てているシングルマザーの女性に、甚く気に入られた。
「先生の声が好きやねん。その鼻声…❤落ち着くわ~」
 声が好きだと言われたのは初めてだったし、まして鼻声とは…。確かに酷い花粉症で、年間半年は鼻詰まりを起こしている万年アレルギー性鼻炎。酷い時はマスクが無いと息も出来ない身の上だ。
 早口でずけずけものを言うので、身内にはキツイと常に否定されているし、滑舌が悪いのが悩みでもある。おっとりした口調、癒し系の声に憧れるが、生まれ持ったもの、身に付いたものを変えるには、努力も意識も余裕も足りず、現在に至る。
 ところが彼女は、私の声が聴きたくて、わざわざ私の顔を見にやって来る。また、私が絵本を読み聞かせる担当の日は、決まってその時間まで残ってくれた。
 世の中には物好きな人が居るもんだ…程度に思っていたが、鼻声でさえ好きだと言ってくれるのは、複雑ではあっても悪い気はしない。人間関係で良い思いより悪い思いをしたことの方が断然多いので、少しでも人を好きにさせてくれた彼女の言葉は嬉しかった。
 
 現職に就いた時、悩みである早口が少し役に立った。恐ろしく時間に追われる中、早口の読み聞かせ、早口の利用者対応が、数を熟すにはプラスだったのである。
 相変わらず滑舌は悪いので、舌を咬みながらため息が出る思いがしたが、子ども達はそこを突っ込むことなく真剣に耳を傾けてくれた。
 多い時では一週間に、同じ本を20クラス以上で読み聞かせる。最初の頃は咬み咬みでも、段々慣れてきて、言葉のニュアンスや間の取り方にも工夫が効いて来る。週の終わり頃には「よっしゃっ!」と思えるほど、上達(?)する場合もある。一方で、週の最初に当たったクラスには『ごめんなさい』の気持ちばかりが膨らむ。子どもは優しいな…と思うのだ。
 アメリカだかイギリスだか別の国だったか、既に世界中に広がっているのか忘れたが、本で読んだのを思い出した。あまりにも忘れすぎているので調べてみると、日本でもR.E.A.Dプログラムという名前で行われている様子。〝読む〟ことに苦手意識を抱えている子どもが、犬を相手に絵本の読み聞かせを行う。犬は子どもが、読むことに詰まったり失敗したりしても、笑ったりからかったりせず、じっと黙って聞いてくれるので、子ども達は次第に苦手意識や〝読む〟ことのプレッシャーから解放され、ポジティブに取り組めるようになって行く…という取り組みだ。
 このプログラムの目的を私自身がリスペクトしたというわけではないが、それによって子どもが獲得するメリットより、〝人が犬に本を読み聞かせる〟という行為が素敵に思えて、我が家でも愛犬に試してみたのだが、彼に〝絵本を静かに聞いてみる〟という適正はどうやら無かったようである。聞き手(犬)にも、役割に対応する能力というものが必要不可欠であることを思い知ったと同時に、R.E.A.Dプログラムで活躍している犬達を尊敬した。うちでは私の自己満足にすらならなかったが、うちの子にはうちの子なりの良いところがあるので、人間の都合で何でもやってみたら良いわけでもないのだと反省したのであった。

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