片付けられない人

  ゴミ屋敷で暮らす人が居る。
 あらゆる物を積み木のように積み重ねて、それに囲まれるように荷物の中心で暮らしている。
 興味が尽きないために、『面白い』と思った物は何でも取っておく。新聞の切れ端であっても、お菓子の箱であっても。たとえそれが、やがて他の荷物の下敷きになり、忘れ去られるものであったとしても…。取っておくことで満足し、「こんなのゴミじゃないか」と言って捨てようものなら、烈火の如く怒り狂う。
「勿体ない!」と、日本人の大事な心を諭すかのように言うが、その実、本当に勿体ないことをしているのが自分だということに気付いていない。積み木のような荷物の束の中には、同じ物が幾つもあることを忘れている。必要な物を買い、荷物の一部に置き、その上からまた別の物を重ねて置く。だから必要な物はいつの間にか下の方か、若しくは荷物の狭間に姿を隠す。そして、その必要な物が再び必要になった時、その姿は見えないが、荷物が多過ぎて探す余地もない。そして、既に買っていることを忘れ、再び同じものを買うのである。それを何度も幾つも繰り返すので、どうなることかは想像がつくだろう。
 あまりの物の多さに吐き気がし、こっそり片付けてみるが、すぐばれる。何が何処にあるかわからないような状態で、何処にあったかわからないような小さなものを捨ててみたりするのだが、その人はすぐに気付くのである。
 足の踏み場もないような場所に暮らしているのを見ていると、それが人間の棲家とは到底思えず、私は自分の住まいの一角がそんな状態になっていることに激しい嫌悪を感じる。しかしこっそり捨てるのがばれるように、勝手に片付けたりしようものなら、やはりその人は烈火の如く怒る。
 確かに、自分の私物や大事にしている物を勝手に触られるのは気分が悪い。それは私も同じだからよく解るのだが、此処にある物はそもそも、個を体現してすらいないではないか。
 この屋敷には段ボール箱が多い。物が増えればそれが何であれ、段ボール箱に収納されるからである。段ボール箱は便利だ。スーパーなどに行けばタダでもらえるし、結構物が沢山入る。見たくない物も、中に入れて蓋をすれば、あら不思議。大きな積み木に大変身。そしてこの屋敷は積み木ばかりが増えて行く。
 時々、思い立ったように大掃除が始まることがある。それは年に一回。女どもがその一角以外の全部の部屋や廊下を、隅から隅まで埃を落とし、ピカピカに磨き上げた後の、年末最後の最後の日に、突如スタートする。
 磨き上げた廊下に、屋敷の中から積み木の山や、未だ積み木になりきれていない荷物の山が運び出される。屋敷の中に積もり積もった埃たちが一緒になって、楽しげに廊下へやって来る。ピカピカに磨き上げた廊下。お正月を清々しい気持ちで迎えるために、女たちが朝から晩まで全身を使って掃除をし、やっと終えてすっきりホッ…とした矢先の出来事である。鈍器で殴られたような衝撃を受けると同時に、内心は煮えくり返っていく。大迷惑極まりない!
 積み木と荷物たちは、いよいよ処分されるかと毎年期待してみる。しかし…廊下に出されるのと同じだけの時間をかけて、再び同じ場所に帰って行く。実際は、運び出しただけで疲れてしまったその人が、荷物を放ったままでゆっくりお茶の時間を設けたり、逃げるように出かけてしまったりするので、廊下での滞在時間が頗る長い。その間、女たちの心は苛々の境地に達する。
 一体彼らは何のためにピカピカの廊下へ、埃と共に出て来たのだろう…。私は泣きたくなりながら、ピカピカにしたはずの埃が舞う廊下を、除夜の鐘が鳴りだす前に再び掃除する。
 人がどんなに片付け上手でも、触られるのは気に入らないが、自分が思い立ってするのは良いらしい。しかし出したら出しっぱなしで、結局元のゴミ屋敷に戻るのは、自分のコレクションの多さに嫌気がさすのと同時に、そのどれ一つとっても、捨てることが出来ないからだ。人に触られるのが嫌なのは、自分にとっての宝物が、人にとってはただの紙くずやゴミでしかなく、いかに美しい屋敷づくりが叶うとしても、それは自らの宝の殆どがゴミとして処分されることが想像出来て、とてもじゃないが了承し兼ねるのであろう。
 その人は御年七十を過ぎている。
 普通に考えれば物を減らして行かなければならない、ある程度先の見通しの持てる年頃であると思うのだが、どうも本人は、後三百年ぐらい生きるつもりらしい。
 お父さん、あなたがいなくなった後、その屋敷の中で残るものなどきっと何も無いですよ。あの世に持っていくのなら止めないし、それなら私達は片付けと処分の手間が省けて良いけれど、出来ないのなら、ちゃんと粗大ゴミ用のお金を残しておいてくださいね。今は、ゴミの処分にもお金がかかる時代です。
 それより何より一生に一度ぐらい、人間らしい部屋の中で暮らしてみてはどうでしょう?提案したいけれど、物に囲まれていないと、落ち着いて熟睡することすら難しかったりして…。
 地震で荷物の下敷きになっても、か弱い私達に救助は難しいかと思うので、その辺は自己管理で…よろしく!

 

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