『私をそんな目で見ないで』2016/11/16 01:03 (age 18)

 保健体育の授業で、人工中絶に関する映像を鑑賞させられた。つくづく我が校の性教育は進んでいると思う。まさに殺されていく胎児の様子を観たのだ。腹部エコーによる白黒の動画だったけれど、子宮に侵入した吸引器から逃げようと必死に藻掻く胎児の姿は、はっきりと見えた。子宮が揺れていたよ、トランポリンみたいだった。ばらばらになって、頭だけ残って、それも潰されて、命が消える。こういうのって女だけが観るものじゃないでしょって思う。クラスメートは無表情でテレビ画面を観ていたけれど、私はずっと涙を流していた。机にティッシュの山ができていく。それがたまたまマイメロディ柄で、なんだかとっても陳腐に見えた。ずっと震えていたし目と耳を塞ぐようにうずくまっていた。

 映像鑑賞が始まる前、すでに私の体は拒否反応を示していた。指先がじんと熱を帯びていた。年中、末端冷え性なのに。コールドストーンクリーマリーのアイスプレートになりそうなくらい、なのに。だから怖くなって、「ねえ、怖いから誰か手を握って?」と言った。そうしたら隣の子がすぐに手を握ってくれた。私は申し訳なくなってすぐにお礼を言って手を離したけれど、その時に少しだけ驚いた。私はいつも、他人から求められた時しか相手の肌に触れたことはなかった。握手だとか、抱擁だとか。だから変な気分だった。

 お家に帰っても気分が悪くて、右手を包んだ人間の暖かさだとかとぐるぐる混ざり込んで、遊園地のコーヒーカップから降りたみたいにふらふらした。映像鑑賞中、私はずっと他のことを考えようと頭の中で躍起していた。今まで観た好きなフランス映画を思い出していた。「やっぱりゴダールが好き!」ってずっと頭の中で繰り返していた。でも全然だめだった。

 なんだかこのままじゃ消えちゃう。『中国女』『ラ・ジュテ』を美味しいチョコレートを食べながら観返して、その後にYouTubeで『夢の島少女』を台本と共に考察したりした。それでも渇いていたので『ベロニカは死ぬことにした』『熱い恋』『自撮者たち』『かもめ食堂』を再読して、買ったばかりの『小説幻冬』創刊号をぱらぱら読んで(いつか小林賢太郎さんの面白さをわかりたい)、横光利一『機械』、堀辰雄『聖家族』、ソローキン『ブロの道』を読んだ。ベッドに横たわって15分眠った。起きてすぐに太宰治『きりぎりす』を読んだ。 

「私は、あなたを、この世で立身なさるおかたとは思わなかったのです。死ぬまで貧乏で、わがまま勝手な画ばかり描いて、世の中の人みんなに嘲笑せられて、けれども平気で誰にも頭を下げず、たまには好きなお酒を飲んで一生、俗世間に汚されずに過して行くお方だとばかり思って居りました。私は、ばかだったのでしょうか。でも、ひとりくらいは、この世に、そんな美しい人がいる筈だ、と私は、あの頃も、いまもなお信じて居ります。その人の額の月桂樹の冠は、他の誰にも見えないので、きっと馬鹿扱いを受けるでしょうし、誰もお嫁に行ってあげてお世話しようともしないでしょうから、私が行って一生お仕えしようと思っていました。私は、あなたこそ、その天使だと思っていました。」

 天使。

 私はずっと天使になりたかった。私は幼稚園生の頃に「私はなんて悪魔みたいな人間なのだろう神様許してください」と祈り続けていた。幼いながらも他人の心の裏の裏を読もうと藻掻く自分が醜かった。その頃すでに私は小説家になりたかったが、同時に天使として生きたかった。母はプラド美術館展で購入した聖母マリアと天使たちの絵画、のポスターを指さしながら「見て、この子はあなたに似てる。あなたは天使よ」と毎晩話してくれた。周囲の人間は「有希ちゃんは天使みたいだね」と言ってくれたし、中等科時代もひょんなことからニックネームが「大天使」になっていた。別に羽を背中に生やしたいとか、そういうのじゃない。この人間界でちょっぴり純粋で神々しくありたかった、だたそれだけだ。
そしてそんな願いは叶わないことぐらい知っていた。
たっぷりの絶望は私を天使なんかにさせなかった。それどころか、満たされないことでしか満たされないこの体はこの苦痛を楽しんでさえいる。『俗天使』になれるかどうかも怪しい。

 だから結局、あんな醜いことができちゃう人間になることしかできないよね。それから女になっていけばいいかな。それでも、私の少女はいつまでも鎌首をもたげているのだから。そうだね、そうしよう。なんだか不思議な感じ。昨日、ロラン・バルトの隠れ二重あごを初めて見た時と、同じ気持ち。瞼がゆらゆらする。手足が冷たくなる。もふもふブランケットを抱きしめる。孤独とは良きパートナーでいたい。結びましょうね、友好条約。

 何をタイプしているのか自分でもわからなくなってきた。縋ることは罪かな?求めることは、愛することは愚かなの?おやすみなさい。救済は果たされるよ。必ず、もう少し大人になった私の手によって。アーメン。

 

 

 

 

 

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