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ハピバト!第002話 夢への一歩

HAPIBATO!「Episode 2 Fast step to the Dream」水木瑛斗


「……有り難いけど、僕には向いてないし無理だよ……ごめんね」

 鈴山八広(すずやまやひろ)の『一緒に音楽をやろう』という誘いに、考えるまでもなく断った。

 それなのにこの男は毎日毎日、断っても断ってもめげずに誘いにくる。

「何度来られても気持ちは変わらないから」
「何でですか? 先輩とならオレ、なんか凄いことができそうな気がするんです! 歌手にだってなれますよ! ……なら理由を教えて下さい。ダメな理由を!」

 いい加減うんざりしていた僕は、早く諦めて欲しくて正直に答えることにした。

「分かったよ……」

 キャンバス内のカフェに入り、鈴山くんと向かい合って座る。
 今はあまり人がいないみたいで話しやすそうだ。

 昔は歌手になりたいと思っていたこと。
 歌の上手い人なんて腐るほどいて、それを押し退けてまで努力をする熱意はないということ。
 そんなことを話した。

「鈴山くんはその努力、できる? 僕と二人でどんな努力をするっていうの? バンドを組む? 路上で歌う? オーディションを受ける? どこも人で溢れてるじゃん。どうやって一握りの中に入るつもりだよ!」

 つい言葉が強くなってしまった。出来ることなら歌手になりたい。そう思っていたから、簡単に歌手になれると口にする鈴山くんに腹が立ったのかも。
 そしたらポツリポツリと鈴山くんが言葉を落としてきた。

「オレ……あるライブを武道館で観て、凄い感動したんです。あぁいいな。こういう風に誰かに自分のクリエイティブを渡すの、伝えるの、いいなって……。オレ、この世界の人になりたいって思いました。だからギター始めてみたり、作曲してみたり……。だけど、どれも続かなくて……。先輩の言いたいことは分かります。だけど、先輩の歌声を聴いたとき、もっと色んな人に聞いて欲しいって思ったんです!」

 鈴山くんの顔は真剣そのものだった。だからと言って、雲を掴むような話に乗る気にはなれない。

「ごめん、気持ちは嬉しいけど僕には出来ない……」
「……分かりました。じゃ、オレのために歌って下さい! ってことでカラオケ行きましょう!」

 強引に連れて行かれたカラオケで、鈴山くんに勧められるままに歌を歌った。
 終始感動する鈴山くん。
 彼は本当に僕の歌声が好きなんだなって思ったら、ちょっと嬉しかった。

 それから僕達は仲良くなった。
 鈴山くんを八広(やひろ)と呼び、僕が瑛斗(えいと)先輩と呼ばれるくらいに。
 けど、音楽活動をする話は一切していない。ただカラオケに行ったり、飲みに行ったり、それだけ。


 ◇

 僕は大学を卒業し、ウエディングムービークリエイターという職業を選んだ。
 毎日誰かの笑顔に携わる事が出来るウエディングムービークリエイターは、楽しくて刺激的な毎日だった。
 映像編集の楽しさを知ったのも、今の仕事を選んだからこそだと思う。

 日々の生活は楽しく充実していて、あっという間に年が明けた。

 そんなある日、妹が見ている動画が目に飛び込んでくる。
 画面の中でリスナーさんとおしゃべりしたり、歌を歌ったりしていた。

「そのこ、可愛いね。芸能人?」
「違うよ、SHOWLIVEっていうアプリで配信している普通の女子高校生。可愛いよね。このアプリ、芸能人も沢山配信しているけど、一般人でも簡単に配信できるんだよ」

 妹が色々と説明してくれる。
 その中の人たちは誰もがキラキラしていて、僕にはとても眩しく見えた。

「誰でも……」
「うん。誰でも表現者になれちゃうの凄いよね! お兄ちゃん、歌上手いし人気出たりして」

 冗談っぽく笑う妹に僕は笑って済ました。

 芸能界に入らなくても誰でも表現者になれる。

 だけど、その言葉に僕の心はどくんと動き出していた。

 その日からSHOWLIVEで色々なジャンルの配信者さんを見るようになり、バーチャルの世界にも興味を持つようになった。
 そして、僕も表現者として配信をしたいと強く思うようになっていった。
 だけどこのことは八広には言っていない。あれだけ拒んでいたのに今更なんだよって言われると思ったから。


 ◇

 二月四日。

 いよいよ一歩を踏み出すその時が来た。
 僕は今、諦めかけた夢を再びこの手で掴もうとしている。

 緊張しながらパソコンの前で大きく息を吸った。さっきから何度も何度も水を飲んでいるのに喉が渇いて仕方ない。
 震える手でマウスを掴み、沢山あるフリー音源の中から選んだ一曲を再生する。

 夜の二十時ちょうど。
 ライブ開始のボタンを押した。

「こ、こんばんは! 僕の名前はエピトです! 宜しくお願いします!」

 今この瞬間、僕にとって大きな一歩になった。

 緊張して上手く配信できなかったと思う。
 それでも『楽しかった』『歌、感動しました』『また来ます』という優しい言葉をかけてもらい、画面の向こう側にある皆の笑顔が見えるような気がした。

 一瞬で終わった初配信。
 僕の手は今も震えている。

 緊張もあるけど武者震いもあるかもしれない。
 だって、僕は諦めていた夢への一歩を踏み出しのだから。

 だけど、この一歩から先に待っていたのは、様々な葛藤だった。



サウンドノベル sound novel

https://youtu.be/CFkQQwc94cE


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