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アラブの国々の大応援でベスト4! モロッコ躍進の理由はどこに?(W杯雑感2)

約1ヶ月にわたるW杯カタール大会が終わりました。決勝戦は内容、経過、結果すべてがすばらしく、手に汗握る試合になりました。そんな中、今回のW杯でいちばんのサプライズといえば、やはりモロッコ代表の活躍でしょうか。ベスト4? 普通に考えたらあり得ない結果です。大会前にこれを予測した人は(モロッコ国内でさえ)いないのでは。

W杯雑感1」でも書きましたが、モロッコは前大会はグループステージ最下位(勝ち点1)、それ以前の4大会は出場すらしていません。アフリカ予選で敗退しています。
Title photo by Bradford Timeline(CC BY-NC 2.0)

W杯後のモロッコ代表のFIFAランキングはなんと11位! 大会前のポット分けの時点では24位でポット3、日本(23位でポット3)とたいして変わりませんでした。ポット3というのは、ランキング20番台のチームが中心で、強豪には入らない、今後が期待される中位の国と言っていいでしょう。

今大会前にこの活躍を予感させるような、モロッコの話題はなかったと思います。日本に関係することで言うと、前大会の地域予選の間、日本代表の指揮をとっていたハリルホジッチ氏が、このチームの監督を大会前まで務めていたことがあります(W杯直前に解任、新監督に代わる)。

モロッコの躍進はいったいどこから生まれたのか。現監督について、そしてアフリカ予選がどんな風に進んだのか、少し調べてみました。

新監督はフランス生まれのモロッコ人、ワリド・レグラギ氏(47)、元モロッコ代表。選手時代はフランスやスペインのクラブチームでサイドバックとしてプレイし、引退後、モロッコ代表のアシストタント・コーチを務めています。その後、モロッコやカタールのクラブチームを監督し、2022年5月にはアフリカ・チャンピオンズリーグで、ウィダード・カサブランカというチームを優勝に導いた、とあります(英語版Wikipedia)。おそらくその功績で、モロッコ代表の監督に選ばれたのでしょう。とはいえ、8月に代表監督に就任して、11月にW杯本大会出場とは。

現監督のレグラギ氏ですが、就任時は評判がとても悪く、評論家たちから「アボカド頭」と呼ばれ、見下されていたそう。アボカド頭が何を意味するのかわかりませんが*(記事末参照)。

レグラギ監督:photo by Phs Nidal(CC BY-SA 4.0)

しかし、就任後の第1戦、マダガスカルとの親善試合は1−0で勝利しました。まあ、相手はマダガスカル(FIFAランキング102位)ではありますが。いや、しかしその後の親善試合を見てみると、チリに2−0で勝利、パラグアイと0−0、ジョージアに3−0、W杯直前の試合で負けていません。しかも南米の2チームにです! そして失点0。モロッコのメディアも、"アボカド頭"の戦績に口を閉じたのではないでしょうか。

失点という意味では、W杯本戦でもベスト4に上がるまで、失点1できています。その1点も、カナダ戦でのオウンゴール。なかなかないことです。よほどの守備力としか言いようがありません。実際、試合を見てみると、相手のチャンスを最小限に抑えるだけでなく、かなり攻められても、ゴール前でなんとか防いでいます。サッカーライターの西部謙司氏は、モロッコの守備は「洗練されていた」と書いています。↓

この大会でベスト8、ベスト4まで上がってきたチームで、失点1、というのはモロッコのみです。あの守備の固いクロアチアですら失点3です。ベスト8で敗退したブラジルも3失点でした。

これをどう考えたらいいのか。なかなか偶然では起きないことです。

一つ言えることは、モロッコ代表は守り一辺倒のチームではなく、積極的かつ効果的な攻撃の形をもっていたことがあります。その鮮やかで的確な攻めは魅力的でした。

これに加えて、Gキーパーのレベルが高いように見えました。ヤシン・ブヌ(ボノの愛称で呼ばれている)は、スペインリーグのセビージャ所属のGK。前シーズンに1試合あたりの平均失点がリーグ最小で、サモラ賞を受賞しました。このキーパー、笑顔が印象的で、ベスト16の対スペインでPK戦になったとき、リラックスした表情で笑顔を見せ、ゴールマウスに向かうとき、相手チームのキーパーのからだに手を添えて、にこやかに話しかけていました。余裕? 自信? それとも戦法?

このときのPKは圧巻でした。PK3−0で勝利したのですが、スペインの蹴ったキック三つ全部、ボノが止めました。これもあまり見たことがないです。

モロッコは4人蹴ったうちの1人のみ失敗、キーパーに防がれました。ところで最初に蹴ったモロッコの選手、最初に蹴るというのは大変なプレッシャーがかかるので、それなりの人が任されるのではと思うのですが、このとき選ばれたのはサビリという中盤の選手で、この秋、代表に選ばれたばかりの26歳。所属クラブも前シーズンはセリエB(現在はセリエA、サンプドリア所属)と、それほどのキャリアではありません。

それに対して最後に蹴ったモロッコのハキミ選手は、レアルマドリーでキャリアスタート(18歳)、現在パリサンジェルマンでプレイするインターナショナルレベルのサイドバックです。攻守両面でインパクトのあるプレイを連発していました。ハキミ選手がPKを成功させれば、勝負ありという最終場面。そこで見事に(ど真ん中にふんわりパネンカキックで)これを決めたのですが、そのあとのパフォーマンスが控えめな可愛いペンギンダンスで、頭をユラユラ、両手をパタパタ。アメフトの選手のゴールパフォーマンスを借りたらしいです。勝敗決定のゴールではなく、ふつうのゴールみたいで。全然ふつうで、全然冷静。

次にモロッコのアフリカ予選の戦績を見てみましょう。これはハリルホジッチ監督時代のものです。そもそもアフリカは、W杯出場チームがアジアのように固定的ではありません。ナイジェリアやガーナ、セネガル、コートジボワールなどは、W杯でよく見かけるチームですが、いつもというわけでもなく。アフリカ・ネーションズカップで優勝しているアルジェリアやエジプトなど北アフリカのチームも、W杯にはさほど出ていません。その意味で、アフリカ予選は激戦なのかもしれません。

2019年のカタールW杯予選開始時(2次予選)の順位を見てみると、1位セネガル(FIFAランキング:20位)、2位チュニジア(同29位)、3位ナイジェリア(同33位)、4位アルジェリア(同40位)、そして5位にやっとモロッコ(同41位)がきています。このうちカタール大会に出場できたのは、1位のセネガル、2位のチュニジア、5位のモロッコ、7位のガーナ(同50位)、8位のカメルーン(同53位)の5つ。常連のイメージがあるナイジェリアは3次予選でガーナと対戦し、アウェイゴールの差で敗退しています。

モロッコを見てみると、2次予選を全勝(6試合)、20得点、1失点で「グループ I 」を1位通過。20得点はアルジェリア(3次予選で敗退)の25得点についで多い数字です。モロッコは3次予選ではコンゴ民主共和国に5−2で勝利して、めでたく出場権獲得。最終予選がコンゴだったのは、ややラッキーだったかもしれません。もしコンゴが勝ってW杯に出ていたら、それはそれで大きな話題になったかもしれません。50年ぶり、2回目の出場!と言われて。

ちなみに前回出場のアルジェリアは、最終予選でカメルーンにアウェイゴールの差で負けました。カメルーンは現在のランキングは低いですが、W杯出場は過去7回を誇っています。天才的なFWモハメド・サラーを擁するエジプトも前回の出場国でしたが、最終予選でセネガルにPK戦の末負けて敗退しています。どうでしょう、なかなかアフリカ予選、厳しそうです。

このようにアフリカ予選を見てみると、モロッコは予選の時から調子は良さそうです。得点も多く、失点が少ない。だからといって、モロッコのW杯での躍進を予想できるかと言えば、それは難しいことです。ただレグラギ監督就任後の親善試合の結果から、モロッコの人々には多少の期待感があったかもしれません。開催地カタールは宗教&言語的に共通項があることだし。

それ以外に、モロッコ活躍の理由として、選手の出生地があるかもしれません。W杯に選出された選手の多くが、ヨーロッパ生まれのヨーロッパ育ちだと言われています。フランスやオランダなどに生まれ、子ども時代をヨーロッパのサッカークラブのアカデミーで過ごし、居住国でアンダー世代の選手としてプレイしていたといった。しかし皆がそうではなく、モロッコ生まれ・育ちの選手で、今回活躍した人もいます。

たとえば今大会で注目されたウナヒ選手はカサブランカ生まれの22歳。18歳まではモロッコのクラブチームのユースで、その後フランスに渡って、ストラスブールのアカデミーに入りました。前々シーズン(2020-2021)はフランスの3部でプレイ、翌年、フランスのアンジェというリーグ・アンのチームに所属、という経歴です。代表デビューは今年の1月、「ハリルホジッチ監督に見初められて」のA代表選出とウィキペディアにはありました。経歴はさほどないけれど、伸び盛りの時期とW杯が重なったのかもしれません。

アルジャジーラというカタールのメディアは、W杯の特集を組んでいて、いくつかの出場チームのドキュメンタリービデオを制作しています。その一つがモロッコで、3人の選手が登場し、そのうちの一人がウナヒ選手でした。50分弱の作品ですが、よくできていると思いました。(英語字幕あり)

このドキュメンタリー・シリーズ「The World Cup Dream」では、他にブラジル、スペイン、ガーナなどがありました。


さて今回のW杯、初めてのアラブ地域、ムスリム圏での、そしてアジアで2回目の開催ですが、モロッコの活躍は当国だけでなく、アフリカ大陸、アラブの国々、ムスリムたちにまで熱狂と興奮を巻き起こしたようです。ベスト4がアフリカ初の快挙であることに加え、同じ言語や宗教をもつ国々が、モロッコの試合を見て、その勇気ある戦いぶりを目にして、感動を共にしているようです。

カタールのメディア、アルジャジーラも自国の勝利のように試合結果を伝えています。ベスト8でのポルトガル戦後には、当事国や周辺国の反応について、各種の取材記事を載せていました。

カサブランカ(モロッコ)
通りには人や車があふれ、熱狂的に国旗を振り、祝福のチャントを歌っている。男も女も子どもたちも、みんな通りに出て祝っている、国王もユニフォームを着て現れた。

バグダッド(イラク)
人々は自分たちの勝利であるかのようにこの歴史的な勝利を喜び、祝い、街に繰り出した。非常に象徴的、モロッコだけでなく、アフリカ全土、アラブ世界全体の出来事だ。南バクダットでは夜を徹した祝杯があげられるだろう。

ガザ(パレスチナ)
街で一番大きなスポーツ会場は、モロッコを応援する何千人ものファンでいっぱい。歌い、踊りながらこの勝利を祝い、自分たちの応援を世界に示したいと通りに繰り出した。このサポーターたちは、勝利をすべてのアラブ圏の国々のものと受け取っている。

そしてモロッコのレグラギ監督は、「アフリカのために、歴史をつくろう」とこの試合前に選手たちを鼓舞したそうです。アフリカのために、と。

2010年の南アフリカ大会のとき、アフリカ大陸初の開催ということで、アフリカ全土が、サッカーで一つになるという経験をしました。今回はアフリカだけでなく、アラブ諸国、ムスリムの国々も、サウジアラビアやモロッコの活躍を契機に、その勝利を喜び、祝福しあっています。おそらくFIFAも、アラブ勢のここまでの成功は期待していなかったことでしょう。

こういったカタール近隣諸国の新たな、ポジティブな関係のほかに、選手間の友情の交換も、SNSや海外メディアではたくさん報道されていました。同じクラブチームに所属する選手たちが、あるいは同じリーグでプレイする選手たちが、国を分ての試合の前後や試合中に言葉を交わしたり、親しく挨拶するシーンがいくつも見られました。日本代表では、スペイン戦で途中出場した堂安選手がピッチに入ったとき、オルモ選手からにこやかな歓迎を受けています。

こういうことが昔からあったのか、ちょっとわかりませんが、今回大会では目についた感じがしますし、SNSや報道でもよく扱われていました。
以下はツイッターにあげられていたたムバッペ選手とハキミ選手、ソン選手とベンタンクール選手の友情の交換シーン。

ムバッペ選手(フランス)とハキム選手(モロッコ)、PSG(パリサンジェルマン)ではチームメート。(準決勝:フランス2ーモロッコ1)
ベスト4の試合を終えて。↓ 

試合終了後のムバッペ選手とハキム選手、トンネルで並んで座って(左)。
モロッコのユニを着るムバッペ選手(右上)、フランスのユニを着るハキム選手(右下)。↓

ソン選手(韓国)とベンタンクール選手(ウルグアイ)、トットナムではチームメート。(韓国0−ウルグアイ0)
グループステージの第1戦の試合中の友好関係。↓

ソン選手(韓国)とリチャーリソン選手(ブラジル)、トットナムではチームメート。(ブラジル4ー韓国1)
ベスト16(トーナメント第1試合)後に↓

決勝戦の試合中にムバッペ選手とメッシ選手が、さりげなく握手していたという報道もありました。真剣勝負の真っただ中ではありますが、友人であるという関係性は何も変わることはない、そんな精神の現れなのでしょうか。

最後に今回視聴したABEMAの配信とプログラムについて。テレビではなくインターネットで、全試合を無料配信したことは驚きでしたし、もちろんありがたかったです。これがなかったらどうしていたか。W杯の放送や配信はどこがするか、日本では大会ごとに変わってきました。2010年はスカパーが全試合放送(有料)、2014年はNHKと民放が分担して放送、2018年はNHKが全試合配信(無料)、だったと思います。

ABEMAは視聴環境として、わたしが見た限りでは、特に大きな問題は発生しませんでした。ナビゲーションもまあまあで、わかりにくいということもなく。SPOTVやWOWOWよりは配信に慣れているなと感じました。

プログラムについては、民放TVと共同で配信という試合もあったせいか、全体としてテレビ的なしつらえに見えました。サッカー好きのお笑い芸人などをたくさん呼んで、大会を盛り上げよう、日本代表を応援しようという流れでした。決勝に近づくにつれて、ゲストの数も減り、バカ騒ぎは少し収まったように見えました。

テレビ仕様なので、番組は試合前に、ズラリと並んだゲストたちの試合予測やおしゃべりがあり、これが30分から1時間くらいありました(日本代表戦はもっと長かった)。これ、試合とプレビューの二つに分けられなかったかなと。コンテンツを「プレビュー」と「試合」に分けておけば、試合のみ選んで見ることも可能です。

ABEMAのプレビューは、各チームの数分の紹介ビデオとゲストたちのおしゃべりによって構成されていましたが、違ったスタイルでもよかったかなとも感じました。2010年大会のときは、スカパーはFIFA公式か何かのチーム紹介ビデオ(20〜30分くらいのドキュメンタリー)を流していたように記憶しています。現地で撮影されたもののようで、試合が進むごとに、内容が更新されました。こういうのはとてもいいです。(ABEMAの)対象とする視聴者が、サッカー初心者であったとしても、このような標準的なビデオ紹介でも問題はないと思われます。「シロウトにはバラエティ形式が一番」、なのかどうか。ちょっと考えさせられました。

そういえば、FIFA公式で「FIFA+」という別サイトがあり、各国語で様々な情報やビデオ映像を扱っていました。その中に前日本代表の岡崎慎司さんの20分くらいのドキュメンタリーがありました。スペインのFCカルタヘナ(2部)でプレイしていたときのものです。「オリジナル」のメニューから「Life in Spain」を選ぶと視聴できます。

また「結果と日程」のメニューからは、全試合のあらゆるデータを見ることができます。中でも「スタッツ」は「ファイナルサードへの侵入」「ボールを受ける動き」「ラインブレーク」などの詳細がグラフで確認できます。データに表れている数字は、試合を目で見ていたときの印象と違っていたりもして、なかなか興味深いです。

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レグラギ監督の「アボカド頭」について
*アボカド:Urban dictionaryによると、アボカドは皮は厚くて固そう、でも中は柔らかくなめらか、つまり人の目を騙すもの。本当は果物なのに野菜と思われたりするため、見た目と中身の違いの比喩として使われることがあるようです。


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