なさけないおじさんになってないで。

それは毎日ではなかったけど、
少なくとも、彼はジャンプの発売日には、必ず、うちのマンションの一階にあるセブンイレブンでそれを買って4階まで階段を登って来ていたように記憶している。
いや、週に3日4日は来ていたのではないか。

イメージとしては、ゴジラの襲来だ。(みたことないけれど)あの、あまりに有名な出囃子を聴くことがあると、(わたしはラジオを聴くので、ラジオを聴かないひとよりはその機会は多いんじゃないかと。)わたしは彼を思い出す。

当たり前のように夕飯どきにやってきて、テレビのチャンネルを支配し、(マンガ雑誌を持ってきているのに!!)うちのリビングに寝そべっていた。
あるじのような顔をして、当たり前に夕飯を食べるのである。

彼はわたしのバイト先の先輩だった。一緒に働いたことはない。24時間営業のファストフード店で、引き継ぎのときしか会ったことがなかったのに、どういう流れで距離が近づいたのかを覚えていない。

ただ、かなり昔の話なので、そういうお店は、どの時間帯も日本人の学生のスタッフがほとんどだったし、
当時そういう店は多かったと思うのだけど、アルバイトの権力が強く、みんな同年代だったのもあり、とにかくすごくスタッフ仲は良かった。
スタッフノートには、飲み会開催のお知らせや、バンドやってる先輩のライブ情報、なんかよくわからんイラストやポエムや日記が書き込まれ、それに突っ込みやお返事を誰かが書く、みたいな仲良しぶりだった。

それぞれのモチベーションも高く、今考えても、優秀なひとが多かった。
いい店だったと思う。

そのなかで、気づくとわたしは、深夜メンバーの何人かから、事務所でヘッドロックを食らったり、4の字固めをかけられたりするようになった。
生意気を言ったのだろうか?異性の友達がひとりもいない高校時代を過ごし、上京して、勇気を振り絞って、バイト先を決めたようなわたしが、?
こころあたりはない。

パワハラとか、いじめとか、そういうニュアンスのものではなく、なにかの罰ゲーム的な、デコピンやシッペがエスカレートしたような感じだったと思う。居合わせたひとは、盛り上がり、ヤジをとばしていた。

その首謀者というのが、彼だった。

彼は、いわゆる「暴君」キャラで、
わたしにだけでなく、年下殆どに威圧的に接していたのだが、笑顔が可愛いから許される、みたいな不思議なひとで、とにかくモテていた。

そう、彼が言っていた台詞で衝撃的なものがある。
「なんでオレがおまえを特別扱いするかというと、おまえは、勘違いしないから。勘違いして、好きとか言い出してめんどくさい女になったりしないから。」

プロレス技が、君の愛情表現で、特別扱いなのね、、って思うかー!!
というようなリアクションをしたはずなのだが、すぐさまアゴを掴まれ、「あ?」とわたしが凄まれるのを見て、一緒に飲んでる人たちが、ほのぼの笑う、という謎の空気。
あれは、なかなか表現しきれない。

布石を打たれたのだろうけれど、わたしも、年下の女にヘッドロックかけて歓声を浴びて笑っているような男に恋するような趣味はない。

しかし、男も女も、年上も年下も、みんなが彼に注目していて、人気があった。

スタッフノートに共有されてないのに、居酒屋に呼び出され、行くと女はわたししかいなかったり、
暖かくなると、近県の渓流にルアーフィッシングに連れていってもらったり、寒くなると、嫌だというのに、無理やり雪山に拉致されたりして、
たしかに、特別扱いを受けている自覚もあった。

そして、事実、彼はモテていた。
直接的に嫉妬をぶつけられることはなかったが、複数のスタッフの女の子に相談されたり、牽制されていた。

彼には、彼女がいるって、みんな知っていたのに。

季節が一巡りするころ、
わたしは一人暮らしから、友達2人とルームシェアをすることになった。

場所をきかれたので、一度は拒否したら、腕ひしぎを取られそうになり、
やむなく白状すると、
彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
引っ越しの一週間後には、自分の箸を持って、駅からひと信号手前の、自分の実家からわたしの新居にやってきたのだった。

わたしのルームメイトのことも、すぐに制圧し、
彼の箸は、うちのキッチンの引き出しにしまわれる運びとなった。

そして、ごはん担当のわたしが、買い物を終え、夕食の準備に取り掛かるころにやってきては、ルームメイトの帰宅を待ち、4人で食卓を囲み、(チャンネルは支配し、)時間がくると、彼はバイトに出かけて行くというルーティンがうまれた。なぜか。(実家住みの大学生のくせに!!)

料理の手間は、3人前も4人前もそう変わらなかったし、わたしもルームメイトもだんだん慣れてゆき、それが当たり前になっていったし、不在の日は、安穏ではあるが、なにかが足りないような気持ちになるように。
マイホームは、彼の支配下に(なぜか)あった。

でも、とうとう彼女を連れてきたのには心底びっくりした。
短大を出て、ひと足先に社会人になっていた彼の恋人は、土曜日に電車で30分かけて、彼に会いに来るということは、聞き知っていた。
だから、土曜のマイホームの食卓は平和だったし、安心の証に、デザートを用意する余裕があった。
その日、デザートのカステラを食べていると、呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、ビールの缶が入ったコンビニの袋をぶら下げた彼と、彼の彼女が立っていた。

すぐさまドアを閉めようとしたのだけれど、足を挟まれ、すぐにルームメイトも加勢して追い返そうとしたが、
支配下にあるわたしたちは、無力だった。

初めて会う彼の恋人は、ちいさくてしろくてかわいいひとだった。
上質とわかる、黒のタートルネックのセーターとバーバリーのストールを身につけていた。秋のことだったのだなぁ。

「はじめまして!いつも〇〇から話しはきいてます。会いたかった!」

こういうとき、ひとはどういう態度をとればいいのだろう。

「うるせー。行くとこないから来ただけだよ!!」といつものように悪態をつくく彼への対応は、ルームメイトに任せ、ビール買って来てくれているのに、つまみにならないカステラを皿に盛って出したことだけを覚えている。

彼の目的は、全く浮気なんかにはなり得ない、この感じを恋人に見せることだったのだろう。
そして、嘘をついたり隠したりすることが、面倒だったのだろう。

その後も何度か、そういうことがあったのだが、わたしはその度に彼に説教した。
「逆の立場だったら、絶対嫌だよ。もうああいうのはやめたほうがいいよ」

わたしが彼女よりも不美人だとわかっても、それは彼女にとって、どうして彼がうちに入り浸っているのかについての解答にはならないし、
わたしたちも、なぜ彼がうちのリビングのこたつに寝そべって、ジャンプをひらいてスポーツニュースを見ているのかわからないままだった。

そして、桜が綻びはじめるころ、
彼は恋人からフラれるのだった。

それから、彼はフラれたのはおまえのせいだと、毎日わたしの仕事が終わるのを店で待ち伏せしたり、わたしを家までむかえにきたりして、10日ほど、ルームメイトに夕食もお弁当もつくってあげられないほど、毎日飲みに付き合わされた。
北口のラブホテル前で担がれて、入られそうになったり(もちろん、必死に抵抗し、家まで送り、次の日「ごめんなさい」と言わせた。)、公園で酔いつぶれた彼を滑り台にもたれかけさせ、ひとり、まだ二分咲きくらいだった桜を眺めたりした。

そのまま、彼は就職して、
いつの間にか、うちに来ることはなくなった。

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