もう、二度と会わないのかもしれない

もう、「男友達」と呼べる人は彼しかいないのだ。
鮨屋のカウンターで、ビールを飲んでいる。

ほとんど下戸のわたしは、この人と一緒のときだけ瓶ビールの相伴に預かることにしている。
呑むことよりも、注ぎ合うことが重要。

彼は最近独立して、ひとりで仕事をするようになり、精神的にも時間的にも、余裕ができてきたと言った。
そういえば、ガリガリゲッソリした雰囲気はなくなっている。少し体重も増えたのかな。
仕事場への移動も車になったので、
飲みに行く回数も減って、全くひとに会っていないと笑った。

わたしも、最近はあまりひとと話すことがない。
この、半年の間に起きたことは、
毎日、ひとを招き入れ一晩中話すことを生業としていた頃に比べれば、
麩菓子のような密度ではあるが、
その夜にはもう、彼に聴いて欲しいと思っていた。
以前話したとき、彼がニット帽を飛ばして笑った出来事の、
盛大なオチになっていたから。

とても、私たちにとっては、何度かふたりで来ていて
間違いのない店のはずなのに、
いつもの職人さんは、奥に通されたわたしたちから離れたところに立っていて、
なんとなくしょっぱかったり、
明らかに台無しの仕事をされたりして、いつもより、やや集中力を欠いていることが伝わってきたものの、

彼はその話題に驚き、やっぱり笑って、
どうしてそんなことになるんだろうね、と、ニヤニヤしながら聴いてくれた。

店を出ると、
「高いほうのコース選んでごめん」と彼は小さい声で言った。
「いえ、あの職人さんを指名しなかったわたしのミスだ。ごめん」とわたしも謝った。

むしゃくしゃするから、銀座まで歩こう。ということになって、
クリスマス前の華やかな街を突っ切った。
リムジンを指差す彼の手を制し、
もつれるわたしの足元を笑われながら、こんなに心地のよい距離も、いつか終わるのだ、とわたしは思う。

結局、コリドー街のコーヒーショップにたどり着いて、コーヒーを買ってもらって話の続きをする。
AMラジオできいた、怖い映画をさっき観たんだけど、終始ポカンとしてしまったんだ。と言うと、
リスナーしか知らない、その番組の愛称を彼は口にした。

あれ?J-WAVE聴いてるんじゃなかったっけ?ときくと、
ひとりで仕事を始めてからは、こっちにしてると。

昼のラジオショッピングのあのひと、ちょっとイラっとするよね。

アフロのひとのクイズ絡み特集、あれがいちばん好き。

だいたい、ものに対する感覚が、わたしたちはとてもよく似ていて、(興味の方向は全然違うけど)
どう言えば彼が笑うか、
わたしがどう返されたいか、
だいたい、わかっている。

でも、きっとわたしたちはそのうち会わなくなる。
「友達ならば、ずっと味方でいられる」と信じていた若いころのわたしは、こんなことになるなんて、知らなかった。

そのあとの人生、いろんな理由で、
わたしは、一本一本、支柱を失うように、
「男友達」を無くすのだ。

この人との時間をたいせつにしようがしまいが、
わたしは、そのうち、このひととの関係を失うのだ。

地下鉄の入り口まで送ってくれた彼は、JRの方が近いからと踵を返してわたしに手を振った。

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