吹雪の夜 東京
みんなわたしの気持ちを知っていたんだなと、後から思った。
その頃、おんなじメンバーで、井の頭線のちいさな駅を降りてすぐの地下にあるお店に毎日のように集まって、
なにか始めようと話し合っていた。
ここから、電車だと大回りしなくちゃいけないわたしの家に帰るのに、直線で結ぶと近かったから、わたしはよくいいやと終電を逃し、タクシーで帰っていた。
中心メンバーのひとりである彼は、その日はいなくて、そろそろ閉店ってくらいに、ベロベロ、を絵に描いたような様子で階段を降りて来た。
日本酒を大分飲んじゃった、と言ってひとりでケタケタ笑っている彼と目を合わせないように、みんながそそくさと帰る準備をしてお会計を済ませた。
そして、散り散りに、「おつかれ!」と右手を上げてそれぞれが自宅の方向に自転車を漕ぎだす。
え?みんな冷たくない?
外を見ると、右斜め上から、雪が次から次へと落ちてきていた。
やっとの思いで、彼を支えて階段をあがる。わたしよりも15センチ背の高い彼は、たぶんわたしよりもずっと軽い。
しかし、酔ったひとって重い。
さっきからずっと笑ってるし。
ファミリーマートの灯りに照らされた歩道には、もう誰もいなかった。
幹線道路を走る車は、もう泥水の飛沫をとばしはじめている。
さて、これからどうするか。
彼の家は、この道沿い大型量販店の裏あたり。普通に歩いて20分ほど。このままここに置いていったら、たぶん道端で眠って微笑みながら凍死する。
送るしかない。と決めたわたしのこころで、きっとからだも温まった。
しかし驚くべきは、わたしはこのとき、タクシーをつかまえるという発想を持つことがなかったということ。
いや、つかまえようとして、空車がなかったのかもしれない。
わたしは、それから、その道のりを、彼を支えて1時間ちょっと歩いて送り届けたのだ。
もしかしたら、敢えてそうしたのかもしれない。
道すがら、ずっとふたりで爆笑していたのを覚えている。
彼は元来とってもあかるい性質で、
ピンチのときも、いつもハッピーなオーラが出ていた。
酔うと、それが更に増幅する。
そして、わたしは彼のそういうところがとても気に入っていたので、
寒さよりも、嬉しさが上回った。
というか、片想いってそういうことだ。
家の前まで、たどり着いたときに、
彼は、「僕の家に上がっていきますか?」となんだか、正気に戻ったかのように言った。
直後またふにゃふにゃしだしたし、
(アパートの階段、上がれなさそう)などと言い訳を思いつき、
わたしは、「はい」と言った。
なんとか階段を上がり、鍵をもらってドアをあける。
彼の部屋に来るのは二度目。前回はさっきまで一緒だった仲間と一緒に、
何かの作業のためだったと思う。
ロフトに自作のちいさな防音室があり、その中で簡単な録音作業もできると得意げに話していた。
枕元の小物入れには、歴年のフジロックのタイムテーブルパスが置いてあることも知っている。
部屋に入ると彼はわたしにさっと座布団を差し出し、
ヨタヨタしながら、なんと薬缶に水を入れ、ガスの火を点けた。
「ちょっと!そんなに酔ってるときに、ガス点火とか絶対ダメ笑!」とわたしはまた爆笑しつつ火を止める。そのまま元栓もまわした。
「いや、お茶を、、」と、しゃがみこんで頭を抱える彼。
こないだ来たときは、お茶なんて淹れてくれなかったじゃない、シラフだったけど。わたし中座してみんなのコーヒー買いに行ったぞ。
ヘッドフォンして、こっちも見ずに、そこらへん座っといてって言ってたけど。
そういえば、普段「俺」って言うし敬語なんか使わないのに、ここまで酔うと、「僕」になって、敬語を使うのかこのひとは。
「じゃあお茶いらないの?お腹は空いてない?」
と言いながら、
彼はトイレに駆け込んだ。
ジョジョの奇妙な冒険、村上龍、椎名誠、沢木耕太郎、、座布団に正座し、彼の本棚の背表紙を読んでいると、
彼は、トイレから這い出ててきた
そして突然、わたしの手を掴んで言った。
「僕、これから、たぶんすごくみっともないことになると思うんで、お願いだから、今すぐ寝てもらえる?」
「えぇ?わたし大丈夫だよ。帰れるし。ていうか大丈夫?お水買ってこようか?」
わたしが言い終わる前に、彼はそのまま崩れるように眠りに落ちてしまった。
眠れるわけない。
手は掴まれたまんまだし、
寝顔を見るのも初めてなわけだし。
これを、手を繋いだってことにするならば、手を繋ぐのだって初めてだし。
(手も解けないわけだしな)
わたしはまた言い訳を思いついて、自分のショールを彼に引っ掛けゴロンと横になり、明け方まで彼のクセ毛を眺めていた。
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