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小心者

梅雨明けして猛暑夜が訪れていたある日、娘から
「連休何してるの」
と連絡が来た。

「何も予定ないよ、Tさん(夫)も連休ではないし」

前回もそうだったが、娘の婿殿も連休関係なく仕事なので、暇つぶしに母の所へと考えたようだ。結婚すると夫や妻が不在でも、なんとなく友達と会わなくなるものだが、娘もそうらしい。

当日、11時前に
「買い物しながら行くね~」
と連絡が来た。
「肉を買って行くからジンギスカンにしよう、暑いから部屋の中でね」
「野菜とか準備お願いします」
「タレ貰えるけど、源たれある?」
「野菜は玉ねぎ茄子ピーマンキャベツはほしいな、モヤシはチリチリになるから個人的にはあってもなくてもいいな」

次々と指示が入る。

夫は仕事だったので
「ジンギスカンはみんな揃った夕方でヨロシ?」
聞くと
「いいよ」
私は従卒のようであった。

昼には着くような勢いだったので、昼ごはんの準備をして待っていると、いつも通りの佇まいでやって来た。

ドーンとラム肩ロース厚切りロース、ラムソーセージ。そして
「これね、ずっと気になってた店で買ってきたんだ。フルーツ大福が有名なお店で・・・」
と品を渡され場所を説明される。
「あそこにそんな店あったっけ?」

記憶も遠くなりにけりだ。小心者の私は、高そうな肉と、高そうな大福に面食らっていた。

「お昼食べなさいよ」
と、用意していたものを勧めると

「あー、これこれこういう素朴なご飯良いよねぇ」

( ̄▽ ̄;)。

その時の布陣は

 ご飯
 凍み豆腐とわかめの味噌汁
 夕顔煮付け
 キムチ・キュウリ浅漬け
 たらこ
 目玉焼き・プチトマト添え

娘と二人だけで食卓を囲むのも、ずいぶん久しぶりの事で、些末事だが嬉しいのであった。
昼食後、ペットシーツやらペットフードを買いに行くので、娘と出かけた。

買い物を終え、娘はまた
「ジェラート」
と言う。

他に行くところもないので、従う。

道すがら娘が言う。

「あー、田園風景、いいねぇ。緑がこんなに立ち上がって、風に吹かれていいねぇ」
「ウン」
「田植えした頃は、水が張ったところに残雪の山が映ってさ・・・」
「ウン」
「こういうのは癒されるねぇ」

毎度毎度同じことを言うのは、娘が心からそう思っているし、感じているからでもあるが、毎度同じ場所を走るからでもある。
田舎の商業地をちょっと外れればなにも無いからでもある。

「アンタ毎年同じこと言うよね」
「ウン、去年も言った」
「覚えてるのか」
「そりゃそうだよ、年寄りの繰り言とは違うよ」

( ̄▽ ̄;)。

私は私で、娘が毎回同じことを言うのをちゃんと覚えているので
「まだダイジョウブ」
と自分を心強く思うのであった。

話は途切れないのだが、小心者の私が、今なら良いかなとかねてよりの疑問を口にした。

「アンタがさ、どんな彼を連れてくるか全く想像が出来なかったけど、アンタが言わないだけで、ずっとH君が彼だと思っ・・・」

皆まで言わせず娘が

「H? はぁ? あるわけないじゃん」


「だってさ、ギター教えてもらったとか、初詣一緒に行ったとか・・・」「面倒くさいからHの名前を出しただけで、常にいつものメンバーで集まってただけだよ」
「年越しの時も、H君が初詣にって、わざわざ迎えに来てくれたじゃん」
「車持ってて家が近いからだよ」
「だって、中学の時から仲良かったじゃないの」

「だかーらー」


娘はうんざりしたように

「とにかくあの人たちは友達なの、男とか女とか関係ないの。それにしてもHなんて、やめて、絶対あり得ない、考えたこともないし、大体アイツ、遠い親戚にあたるし、性格も結婚向きじゃないと思うよ・・・」

無理という理由は書かぬが、娘が言うくらいだからそうなのかも知れぬ。

「直前まで、H君が来ると思っていたから、Sさん(娘の夫)が現れたときはびっくりしたよ」

「アハハ、そうだったのか」 

私は長年の疑問が解け、気が抜けた。

娘はそれこそ子供の頃から全く変わらず(随分でかくはなってしまったが)、一度気に入ったものは外さず、この時もジェラート屋で「ダブル」を頼み、機嫌が良い。私の夫が好きな「ラムレーズン」をお土産に買ってくれたのであった。

帰宅後まもなく夫も帰り、暑さで疲労困憊の彼を娘が労いながら、疲れた時は甘いもの!! と、ジェラートとフルーツ大福を食べろ食べろと勧める。フルーツ大福は沢山種類が有るそうだが、一番人気はキウイだそうだ。

「すぐ売り切れになるんだって。今日も11時前に行ったのに売り切れ。これはシャインマスカットだよ」

ナカミがシャインマスカットと聞き、値段を聞くのが躊躇われたので黙っていた。

小心者の私は、恐る恐る食べたが実に美味しい。
ボソッと
「良い値段だろうねぇ」
「それなりにね。良いのよ昨日は給料日だし、アハハー」

      

どうも何だかいつもよりテンションが高い。ムシャムシャと食べていると突然
「マンション買うんだ~」
言うや否や、
「これ見て」
と次々にマンションの写真を見せてよこす。

私はそこを知っている。
かつてその街に住んでいた頃、冷やかし半分にモデルルームを見に行ったところだ。

立地・クォリティなど見るだけで

「こういうのを買える人達とは一体何ぞや?」

と場違いな気持ちでいたのを思い出した。

「こっ・・・ココ買うの?」
「うん」

マンションの選び方、ここに決めた理由、その他いやぁ喋ること喋ること。

「新築がいいというのは普通の事なんだけど、今は建築単価よりも材料費が高騰してるから、新築でも作りや内装はこの時(買うらしい中古マンション)よりもチャチなんだよ。ここは・・・」

立地条件、財産としての価値、なんだかんだと実に詳しい。
私は胸がつぶれる思いで聞いている。

「ローンがよぉ・・・」

お金の話を私は一切しないのだが、心配でならない。私の顔を見て娘はすぐ察し、

「私もS(ムコ殿)も、日々なんで仕事してると思ってるの?」
と余裕である。

「無理も無茶もしてませんから、大丈夫だよ」
と心強い。

力杖にはもうなれない自分に縮こまる思いで、私は殆ど呆然として聞いていた。

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