バーン

快晴の空に鳴り響く号砲。それを合図に目の前の壁が一斉に動き出す。同時に、後ろからも壁が迫り来る。

引きづられるように、押し出されるように、ぼくも足を踏み出す。

さあ、本日のメインレース、10キロマラソンがいよいよスタートしました。

ランナーの足音の中に聞こえる司会者の声。そう、今日はT市が主催する10キロレース。ぼくは、この日のために、ここ2ヶ月間ほど、練習を積んできた。

よしっ、行きますか。自分に声掛けして、流されるままだったスタートの雰囲気を変える。そして、改めて、今日のこのレースの目的を思い出す。

このレースは一つのステップ。これを乗り切れば、また次のステップに踏み出せる。

そう、ぼくには密かな野望がある。それは、もっと長い距離のレースに挑戦すること。

ハーフマラソンや、フルマラソン、今はちょっと想像できない、手が届かない目標だけど、いつか挑戦してみたい。

いや、挑戦するだけじゃない。走り切って、その達成感、爽快感を味わいたい。

とはいえ、いきなり挑戦するわけにはいかない。無謀すぎるし、正直いえば、現実感が全くない。だから、どうしたって、そんなの無理無理、そんな声が強くなる。

だから、マイルストーンを設定した。
行動イノベーションメソッドの動くコツに従って、目標までの途中に「道標」を設定した。

それが、今日の10キロレースだ。

これをいい感じで乗り越えられたら、
きっと自信を持って次のステップ踏み出せる

そのためにも、今日クリアしたい目標は二つ。

一つはもちろんタイム。それからもう一つは、最後まで自分をコントロールすること。これを達成できれば、大きな後押しになる。

期待を胸に軽快に足を踏み出したのだが、そんな時間は長くは続かなかった。異変を感じたのは3キロすぎ。汗の量が尋常じゃない。

確かに今日は夏日に近い気温。ただ、それにして、汗が凄まじい。それに、なんだか足が重い。

このままじゃまずいかも……

スマホを目にすると、そこには、ぼくにはあり得ないほどのスピードが表示されている。

そう、ぼくは完全に飲み込まれていたのだ。他のランナーたちにペースに引きづられて、想定外のスピードで走っていた。

そこに今日の暑さが加わって、始まったばかりのこの地点で早くもバテ始めている……焦る気持ちを抑えつつ、まずはスピードダウン。そして、心拍数を整える。「焦るな、焦るな、レースは始まったばかり。まだいくらでも取り戻せる」

5キロ過ぎ。

足の重さは、いくらか軽くなり、発汗量も落ち着き始める。なんとか自分を取り戻し、ほっとするのも束の間。他のランナーが、どんどんと自分を追い抜いていく。

遅い

スマホで速度を確認すると、確かに遅い。ペースを少し落としたつもりが、落とし過ぎになっている。

このままでは、目標タイムなんて、到底無理。もちろん、今からペースアップすることだってできる。だけど、自分の今の調子を考えれば、それは破滅への道……実際、今だって決して楽ではない。

よし、ぼくは目標を切り替えた。

今日の目標は、一つは変わらず、自分をコントロールすること。そしてもう一つは、今のぼくのベストな走りをすること。

すると不思議なことに、心が落ち着いた。やるべきことがはっきりして、視線が上がった。それまで焦るばかりで、でも焦点が定まらず、下を向きがちだったのが嘘のようだ。

とはいえ、正直、きついのは変わらない。暑さと疲労で、もう歩こうか思った時に、目に入ったのが「残り3キロ」の表示。正直、ここまで走ってきてのこの距離、途方もなく長く感じられる。

いよいよ、これはダメかもしれない、

諦めたかけた時に浮かんだのが、これまた行動イノベーションメソッド「マイルストーンをチャンクダウンする」要は、大きくて運べそうもない荷物でも、小さく分ければ運べますよね、ということだ。

よし、まずは次の1キロを走りきろう。ぼくのベストの1キロにしよう。そう切り替えて、なんとか8キロに到達。

よし、次の1キロも、とギアを入れようとするも、心も体も、さっきとは比べ物にならないほど重い。諦めたくなるけれど、いや、それなら次の500メールその次は300メートル、最後なんてもうフラフラで、すぐ先のあのコーナーまで……

と、チャンクダウンにチャンクダウンを重ねてなんとかゴール！

時計に目をやると、なんと目標が……
なんて奇跡が起きるほど現実は甘くない。

とは言え、自分としては、かなり満足なレースであった。

調子に合わせて、最後まで自分をコントロールできた。目標を状況に合わせて、書き換えられた。

そして、最後まで諦めずに、自分のベストを尽くすことができた。

それにこうして、良いことに目を向けて、自分を認めてあげられている。これなら自信を持って次のステップに進めそう。それもこれも、やっぱり、
行動イノベーションメソッドのおかげ

ということなんでしょうね。

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