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2章第6話 「スイング」してみよう

【目 次】


 寿美の説明は「内回りと外回り」から「スイング」に移りました。


寿 美: 次はスイングについて考えましょう。質問です。スイングとは何でしょう、どこから起こるでしょう?

加 藤: 俺たちを馬鹿にしてないかい? スイングは振ることだべさ。野球でバットをスイングするし、ゴルフでクラブをスイングするさ。

寿 美: そうね。じゃあ、ダンスではどう?

加 藤: そりゃ、足を振ることだべさ。

寿 美: じゃあカトちゃん一人で、ナチュラル・ターンの3歩を踊ってみて。

カトちゃんが、「ではリクエストにお応えして」と自信たっぷりに踊りました。

寿 美: ありがとう。みんな、見ていてどう思った?

恵 美: ちょっと腰が引けてた感じ?

寿 美: そうね。腰が引けていたので1歩目右足を軸にスイングした左足が外を回っていたのが見えた?

全員が頷きました。


千 葉: みんな、右足に立って左足を振ってごらん。転ばないよう、壁に手をついたりしてね。

全員、直ぐに実行しました。なんだかんだ言いながらも、みんな、結構素直で、真剣なので見ていて可愛くなります。


千 葉: それが左足のスイング。じゃあ、その足振りを繰り返しながら体を前後左右に傾けてごらん。どう?

ミッチ: そんなもん、真っすぐじゃないと振りにくいに決まってるべ。

千 葉: だよね。ダンスで足がナチュラルにスイングできるのは、ステップした足の上に真っすぐいる瞬間、そして振り足が軸足の傍を通る時って思ってくれる?

寿 美: その理屈が分かったら、スイングするタイミングを考えながら、実際に踊ってみましょう。同時に内回りと外回りも考えると、もっとスイングしやすくなるわよ。


カップルを組んで踊り出すと、次々に驚きの声が上がるのでした。


千 葉: そういうことだね。偉そうには言えないけど、理論が分かると動きが楽になる。理論はポケットに入れて持ち運びでき、いつでもどこでも取り出せるんだよ。さあ、ちょっと勉強し過ぎちゃったので、次は気楽にジルバでもやりましょう。


ここまでじっと見学をしていた館長さんが、軽く会釈をして出て行きました。戸が閉まるのを待って、さとしちゃんが話しました。


さとし: 館長、ちょっと変わってきたんでないかい?

美 和: 私もそう思う。説明を熱心に聞いていたし。

恵 美: みんな気づかなかった? 座りながら、なんかステップしてるみたいに見えたわよ。

河 合: やってた、やってた!

美 樹: しかも館長、今日は5時上がりだったんじゃないかしら…

「ホントか!」のどよめきが上がりました。

 
 この館長さんは定年間近です。さとしちゃんが前に話していたように、社交ダンスに対してかなりの偏見を持っているようですが、その館長さんが見学の振りをして「偵察」に来てみると、毎回目にするのは、大笑いしながらも体育系並みの練習風景か真剣にノートを取る風景でした。


 サークル員たちは公民館の職員さんににこやかな挨拶を心がけています。そういうこともあってか、館長さんは次第にこのサークルを認めつつあるのかも知れません。そう思えるのは、「冷房は効いていますか?」などと、気を遣ってくれることがあるのです。そして、彼の社交ダンスに対する偏見も、徐々に薄れつつあるのかも知れません。座って見学しながら、隠れるようにステップを踏んでいるのですから。しっかりバレているとも知らずにね。

 季節は8月の暑い時期です。そして、「黒池ダンスサークル」の活動が、なんかいい感じになってきました。

「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)

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