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五感の宝庫 牧場をご案内します

冬は空気が澄んで 星たちは私の為だけに光ってるみたいに 牧場の朝空をひとりじめして なんてロマンチックな事が頭に浮かぶのは、一瞬だけ。

牧場の朝は忙しい。

毎朝8時に 集乳車と呼ばれるタンクローリーはやって来てくれて 搾りたての生乳を運んで行く。だからその時間までに、全ての生乳を搾り終えていないと困るのだ。80頭のお母さん牛たちは順番にミルキングパーラーまでやって来てくれて、私たちは搾乳機をセットして一頭一頭 健康状態を見ながら丁寧に生乳をいただく。8時までに!

 この地域の冬は年に数回しか積雪をしない。だから、母牛たちの牛舎の作りは壁が無く 開放的。牛さん達が苦手な夏を どう涼しく過ごすかだけを考えた牛舎なのだ。母牛たちは寒さに強い。だから働く私たちが完全防備で 真冬の外仕事をするイメージだ。吐く息は白い。
 牛さんたちが待機場に集まって 搾乳の順番待ちをしている時は、彼女らの体温で辺りが暖かくなる。もちろん牛さんの鼻や口からも白い息がモアモア出てくる。

朝4時に始まった牧場の朝作業だが、日の出前の6時半くらいが もっとも冷え込む。長靴の中の足は冷たさで感覚が無くなり いえ それは痛みに変わるから、哺乳用に使うお湯を長靴のつま先にかけてやる。同時に冷たく悴んだ両手もお湯で溶かしてあげると、身体がポカポカしてくるものだ。

 赤ちゃん牛は寒さに弱いから、暖房を付けたりチョッキを着せたりして 風邪など引かないように敷き藁も頻繁に変えてあげなければならない。
 毎日朝夕2回 哺乳を担当すると 赤ちゃん牛は可愛いもので私が見えるだけで 喜んでソワソワするし、簡易な小屋なら飛び跳ねて脱走して、どこまでも追いてくるようになる。

甘えて ムー となく。

 そんなこの子たちだって 今こうして元気に生きているのは、当たり前では無い。何頭の赤ちゃん牛が 無事に生まれて来れなく 生まれて来ても育つ事無く お別れしたろうか。

 一生懸命 お産をしてくれた母牛も 悲しみを乗り越えて今がある。

 牛のお母さんたちは、母性本能がまことに高い。私たち人間が忘れてしまったような 母性を非常に強く持っている。誰に教わったでも無く 産み落とした我が子の介助をちゃんと成し遂げる。
 羊水を飲んでいないか口元から舐め始め、次に心臓部を舐めて 赤ちゃんを生還させる。我が子が無事に立ち上がって おっぱいの在処を見つけられるまで、お母さん牛は舐め続ける。それが何時間かかろうとも。お産にエネルギーを使って疲れているはずなのに!
 以前、後ろ左足を怪我してしまった母牛がいて、治療中だったのだけど、他のお母さんが産んだ赤ちゃん牛を見たら、突如 母性本能が湧き出て来て 痛いはずの左足も普通に使って駆け出して 赤ちゃんを横取りした。なんと赤ちゃんの存在の力の強い事が!赤ちゃんの為なら 痛さも疲れも吹っ飛ぶのだよ!!

 搾乳が無事前頭終わり、後片付けして汚れた待機場をスクレッパーで掃除しているうちに、搾りたての温かい生乳は、クーラーバルクの中で揺られながら、4度以下まで下げられる。タンクローリーが来る8時になった。

 朝日がそこまで上がって来ると、自家製の飼料やおから、配合飼料や乾草をバランス良く混ぜ合わせた餌場から上がる湯気と 彼女たちの吐く白い息までもが 混ざり合って幻想的にさえ見える。
 
額から滲んだ汗が 目尻からちょっと差したかな

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