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BORN TO BE 野良猫ブルース   第3話 『危険な二匹』


わてはまだ対面した事がないメス猫に並々ならぬ興味と好奇心を抱いたので、とりあえずそこら辺を徘徊する事とした。
わては出生後まだそれ程成長していない子猫なので、成猫のようにギラギラした欲望は未だ湧き上がってくる事はない。その欲望とやらがどの様な感情なのかすら理解できないでいるのが現状である。云うなれば大人の階段を上るちょっと手前の思春期の少年と表現するのが正しいであろう。

師匠や白猫先輩から学んだ知識や礼儀作法、生活の知恵と云った猫業界の一般常識を脳内で繰り返し復唱しながら、わてはどこかにメス猫はおらぬかと周囲を見渡していた。
おった!めっちゃ可愛らしいメスがおった。ばり可愛いい!
なぜ、メスとわかったんや?と仰る諸君にお答えしようやないか。
なんぼわてが思春期の童貞でもオスとメスの区別ぐらいつきますがな。
なんと申しますか、彼女はくりっくりっまん丸おめめで、シュっとした顎のラインが印象的な逆三角形の輪郭を有する小顔です。加えて愛くるしい小顔に似合わず、ややふっくらとメスらしい丸みを帯びたええ身体してますわ。 
正にアイドル猫と形容されても良い程に極めて美しく整ったビジュアルとオーラを放っております。
わては本日只今、生まれて初めてメス猫に遭遇しましたが、ここまで魅力的な方とお会い出来るとは正直思うてまへんでしたわ。

だがしかし、彼女に対してわてはどないしたらええんやろ?
なんかこう緊張してもうて、白猫先輩と初めて会うた時みたいに気軽にお声掛けでけへんのや。なんでやろ?初めてのメスやから?初めての異性やから?わてはただ彼女に熱い視線を送るだけで微動だに出来ずにおった。
ところが世の中捨てたもんやおまへんなあ。彼女はわての視線に気付いたようで、なんと彼女の方からわてに声を掛けてくれはりましたわ。
「おはようさん。あんたこの辺で見いひん顔やね。どちら様?」
わては緊張のあまり少々どもりながらも、やっとの事で声を絞り出して返事した。
「あ……まいどだす。わて、ボンって云います。よろしゅうたのんます。」
彼女はキャハハと屈託のない笑みを浮かべて自己紹介して下さった。
「おもろいわぁ。ボンちゃんって浪速のあきんどみたいな喋り方すんねんなぁ。まだ子供やのにおっさんみたい。あ、ゴメン。自己紹介まだやったね。うち、ミー云うねん。よろしくね。」
「ミーさんでっか?ええ名前でんなぁ。」
「ボンちゃん、笑わさんとってぇ。おもろすぎるわぁ。ウケるぅwww」
ミーさんはわての喋りがツボにはまったようで、腹を抱えて爆笑しとります。
「ボンちゃんって何歳?見た目赤ちゃんみたいに可愛いもんね。喋ったらおっさんやけどwww」
わてはミーさんに可愛いと云われてドキっとしてもうた。
「わて、やっとこさ生後一か月ですわ。ミーさんはわてより年上でっか?」
「そやで。うちはボンちゃんよりお姉さんやで。最近1歳になったとこ。」
そうかぁ…年上かぁ…

♪今日まで二匹は恋という名の旅をしていたと言えるあなたはー、年上の猫美しすぎぃる、あーあーそれでも愛しているのにー。何気なさそうに別れましょうとあなたは言うけど心の底に涙色した二匹の思い出、あーあー無理して消そうとしている。わてにはでけへん、まだ愛してる。あなたは大人の振りをしても別れるつもり?綺麗な顔には恋に疲れた虚ろな瞳がまた似合うけど、なんで世間をあなたは気にする?あーあー聞きたい本当の事を。わてにはでけへん、まだ愛してる。あなたは大人の振りをしても別れるつもり?今日まで二匹は恋という名の旅をしていたと言えるあなたはー、年上の猫美しすぎぃる、あーあーそれでも愛しているのにー。あーあーそれでも愛しているのにー♪

何を呑気に歌ってるんや、わては。
「ボンちゃん、歌上手いやん。そんな古い歌どこで覚えたん?」
「え?古い歌でっか?わて全然知りまへんねん。」
「知らんのに歌ってたん?変な子www。それジュリーの歌やで。」
「え?ジュリーって猫がいてはるんでっか?」
「ちゃうわ。ジュリーは人間の歌い手さんや。」
「はあ…わてどこで産まれたんかわかりまへんけど公園の植込みん中で目ぇ覚めまして。で、さっきの歌は目ぇ覚めた時からなぜか頭ん中で時々流れますねん。なんでやろ?」
「多分ね、ボンちゃんを産んだお母はんは人間に飼われとって、ボンちゃんはお母はんが飼れてた人間の家で産まれたんやと思う。そん時にたまたまさっきのジュリーの歌が流れててほんで記憶に残ってんちゃうか?」
「えー、それやったらなんでわては植込みにおったんやろ?」
「ボンちゃん捨てられたんよ。他にも兄弟がいてるはずやわ。」
わては大いに傷ついた。ミーさん、そない酷なこと言わんとって下さいよぉ。捨てられたやなんて…わて、立ち直れまへんわ。
「あ…ボンちゃん、ゴメンなさい。ちょっと言い過ぎたわ。ほんま、ゴメンね……」
わては悲しみのあまり涙を流してもうた。するとミーさんがわてに寄り添って慰めてくれました。ミーさんはええ匂いがします。母親を知らぬわては、ミーさんにおかんの温もりを求めていたのかもしれまへん。気付いたらわてはミーさんの豊かな胸元に顔を埋めておいおい泣いてました。
「ボンちゃん、何気にしれっとボディタッチするんやね。どこで覚えたん?おませさんやなぁwww」
「え!?わて、なんかしましたか?」
「自覚ないねんな。無意識のうちにしてまうやなんて…ボンちゃん、チャラ男になりそう…」

わてはミーさんとすっかり打ち解けました。お互い特段の用事もなく、ぽかぽかと穏やかな小春日和なのもあって一緒にそこらへんを散歩でもしまひょかと相成りました。
「ミーさんは毎日どないして暮らしてはるんでっか?」
「そやねぇ…うちも一応は野良やけど、この辺に住んでる人間は割とええ人多いから時々その人らのお家にお邪魔してな、ご飯ようけ食べさしてもろうてるわ。」
「へぇ、そらよろしいなぁ。そやからミーさん、ちょっとふっくらしてはるんですな。」
「ボンちゃん、女の子に体形の話すんは失礼やで。女の子と接する時は気ぃつけなあかんよ。」
「あっ、すんまへん。わて、ミーさんが初めてのメスなもんで…なんも知りまへんでした。気ぃつけますわ。」
「初めてのメスって……なんか言い方いやらしいわぁ。ボンちゃん、やらしい〜www」
ミーさんは小悪魔のような表情でわてをからかいます。
このあたりからわてはミーさんに特別な感情を抱くようになりました。
もしかしたらこの感情が、成猫になった時にメスに抱く欲望なんかな?
最初に出会うた時のドキドキとは明らかにちゃいます。
どないちゃうんやと云われましても、うーん、説明できまへん。

好きやでと言えずに初恋は振り子細工の心。淀川沿いの河川敷を歩く君がいた。遠くでわてはいつでも君を探してた。浅い夢やから胸を離れへん。

俗に云う『初恋』ってやつですわ。切ないもんですわ。ため息しか出まへん。ミーさんは、そんなわての気持ちに気付いてるんかいな?

「ボンちゃん、お腹空いた?よかったらうちがいつもご飯もろてるお家に連れてったるで。」
ミーさんに云われてああそやなぁと思い空を仰いで見ると、だいぶ陽が傾いていました。晩秋の夕暮れはなんかセンチメンタルな気分になります。
ミーさんの後をのそのそついて行くと、とある立派な邸宅にたどり着きました。
わてらは邸宅のフェンスの隙間をするりとすり抜けると、そこには青々とした芝生が敷き詰められたやたらとだだっ広い庭が広がっていた。
更には芝生の上を「ワンワンワン!」と断末魔の雄たけびを上げ縦横無尽に駆けずり回ってる、明らかに猫族とは姿形が似ても似つかぬ異形の生物の存在を確認した。
わては今まで見たこともないこの異形の生物に若干の恐怖心を抱いたので、やや後ずさりしながら身構えていた。
「ボンちゃん、大丈夫やで。あの犬はうちらに手ぇ出さへんで。」
「へ?い、犬って云うんでっか、あれは?」
「そうよ。犬は猫以上に人間に溺愛されてるから、殆どこないして人間に飼われてるんやで。」
「へぇ、そうなんや。ええ身分やなぁ。」
わてはこの時初めて犬と遭遇したが、なんかわてはこの犬という奴が何気にいけすかんやっちゃなと思うた。なんでやろ?相性悪いんかな?
この犬はなんかに似てるけど、はて?なんやろ?
せや。あん時の中華料理屋のおっさんや。わてが飢餓に喘いで死ぬかもしれん状況やいうのに、救いの手を差し伸べるどころか大声で威嚇して迫害を加えよった慈悲の心を微塵も持ち合わせてない鬼畜の如きあの中華料理屋のおっさんにこの犬野郎はそっくりや。

「おい、チビ猫。お前、どこぞのもんや?あぁ?」
はて?誰かわてに話しかけてきてるみたいやけど……?
「俺や。わからんかぁ?ボケ!」
声の主はわての目の前でえらそうにふんぞり返っている例の中華料理屋のおっさん似の不細工な面構えの犬野郎やった。
「は?なんで犬のあんたがわてと会話できんねん?」
「さあ?なんでか知らんけど、ごくたまに違う種族どうしでも話通じるらしいな。隣の姉ちゃんとは一度も話せた事ないねんけどな。」
そうなんや。ミーさんとこの不細工は言葉通じひんのか…
ミーさんはわてと不細工が互いに何やら顔を突き合わせている様子を不思議そうに覗き込んでいました。
「お前、今日初めてやな。隣の姉ちゃんに誘われて来たんか?」
「そやで。それがなにか?」
「ここは俺の敷地や。挨拶なしに勝手に来な。ダボ!」
「なんでやねん。ミーさんがええゆうから来ただけやないか。ごちゃごちゃ云うなや、不細工が。」
「なんやと!いてまうぞ、ごらぁぁ!」
わては戦闘モードにチェンジした。
チェンジ、スイッチオン!ワン、ツー、スリー!
チュールエナジーが身体を走る。ボン、チェンジ、ネコイダ―!!
飼い犬なんぞに負けへんで。戦う野良猫ネコイダ―。
チェンジ、チェンジ、ゴーゴーゴー、ゴーゴーゴー!
「シャー!!」
わてより一回り大柄な不細工がわてに飛び掛かってきよったので、わてはすかさず跳躍して不細工の顔面に必殺ジャンピング猫パンチエンドを喰らわしたった。わての渾身の一撃は見事ヒットした。
ミーさんは目の前で突如勃発したわてと不細工の仁義なき抗争にドン引きしていた。
「うわーん、痛い!痛い!えーん。」
不細工は拍子抜けする程に弱虫のヘタレやった。わてはこないなヘタレを相手に勝利しても、嬉しくも何とも思わんかった。あほくさ……
「ボンちゃん、何してんの?ここの犬いじめたらご飯くれへんで。」
「いやいや、ちゃいまんがな。先に絡んできたんは不細工の方ですやん。わては正当防衛だす。間違いあらしまへん。」
「不細工って……ボンちゃん可愛い顔に似合わず意外とごんたくれなんやね。」

そこへ一連の騒動を聞きつけたこの邸宅の家主らしき人間の女が母屋から現れた。女は品の良い佇まいの初老のご婦人やった。
婦人の姿を発見した不細工は、わーわー泣きながら婦人の足元へ駆け寄っていった。
「あらぁ、アンドレちゃん、どないしたん?おーよしよし。」
婦人の溺愛っぷりにわてはサブいぼが立ってもうた。そんなんやから不細工、もといアンドレは番犬にもなられへん意気地なしになってもうたんやで……甘やかしすぎやろ。
やがて婦人はわてとミーさんの姿に気が付いてこちらへ歩み寄ってきた。
「あら、今日は子猫ちゃんも一緒なんやね。可愛い~。」
どうやら婦人はアンドレを泣かせた張本人がわてとは思うてないようだす。
ミーさんは安堵の表情を浮かべておりました。
最前からアンドレはしきりに左の前足をわてに向けて、婦人になにやら訴えております。婦人は「この子なにゆうてんの?」みたいな表情でアンドレを抱きかかえて「おーよしよし」をやめまへん。ほんま、おもろすぎて笑うわ。
婦人は泣きじゃくるアンドレを一旦地べたに座らすと、上目使いであざとい視線を向けるアンドレを尻目に母屋に戻り、しばらくすると豪華な食事が並んだお盆を抱えて再びわてらの元へと現れた。
わてはお盆に並んだ食事に目を奪われた。鮭と鯖と鰹の切り身に鶏肉のソテー、カリカリ状のフード、チュール盛り合わせ等々、アンドレとミーさんとわての3匹分きっちり3枚の皿に盛られております。
「はーい、しっかり食べてやー。」
わてらは遠慮なく贅沢なごちそうを頂いた。
アンドレはわてに恐れをなしているようで、わてにやや遠慮しながらチュールを譲ってきよった。
「あ、すんまへん。兄さん、僕のチュール食べますか?」
「ええの?ほな遠慮なく頂くわ。」
わてはアンドレのチュールも残さず平らげた。
わてとアンドレのやり取りを横目にさすがのミーさんも呆れていた。
「ボンちゃんみたいな不良猫、初めて見たわ……」
「え?なんでわてが不良でっか?」
「よその飼い犬の分まで食べる野良猫はめったにおらんで。」
婦人はわてらの食事する姿を、いつぞやの公園のおっちゃんと同じような満面の笑みを浮かべて飽きるまで眺めていた。
「仲良しなんやね~。可愛いわぁ。うちでも猫ちゃん飼えたらええのになぁ……」
婦人宅では諸事情により猫は飼えないようである。わてはミーさんに婦人宅で猫が飼えぬ理由を問うてみた。するとミーさんより先にアンドレが返答してきた。
「いや、実はですね、うちの3才になるご子息、つまり奥さんのお孫さんにあたる坊ちゃんが猫アレルギーなんですわ。ほんま申し訳ございません。」
「そうなんや。しゃあないやん、アンドレが謝る事ちゃうで。」
「兄さん、優しいでんな。」
ミーさんはやはり、わてとアンドレのやり取りを不思議そうに眺めていました。


fin











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