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【連載小説】 美しき愛の掟  第3章


登場人物  佐川トシオ  画家志望の青年。
      高森アミ   謎の家出少女。



「トシって呼んでいい?」
アミは唐突に訊ねてきた。あの日以来アミとの関係は深まるばかりであった。お互い複雑な家庭環境で育ってきた似た者同士故に、人一倍温もりや愛情に飢えている。足りない物を欠けている物を二人して手探りで補いあって埋め合わせて満たされたいのだろう。
アミはいつも捨てられた子犬のような目をしていた。僕はそんなアミを見る度に抱きかかえて温めてやりたい気持ちになっていた。
「うん、かまへんで。」
「ありがとう。私をいっぱい愛してくれる?」
「もちろん。」
「嬉しい。私もいっぱいトシを愛するね。」
「ありがとう。アミの事、大事にするよ。」
「ねえ、トシ。今度また私の絵を描いてくれる?」
「ええよ。いつでもおいで。」

ここへきて新たに判明した事実があった。アミは年齢をサバ読んでいたのだ。
初めてキャバクラで会った時は20才と自称していたが、実際はまだ
17才なのだ。僕の自宅でアミが不注意でバッグを落として中身が散乱した時、偶然アミの原付免許を拾い上げてわかったのだ。
「えっ、マジで・・・」
「未成年やとあかん?」
僕は正直ドン引きしたが、アミは半ば開き直っていた。
「いや、あかんって事はないけど・・・」
「ないけど・・なに?私、もう大人やで。」
そう言うながらアミは突然着ている衣服を脱ぎ始めた。セーターとジーンズを脱ぎ捨てると薄紅色の下着姿になった。僕は思わず視線を逸らしてしまった。
「トシ、ちゃんと見て。私を見て。」
僕はアミの挑発に激しく狼狽し変な汗をかいていた。

「裸の私を描いて・・・お願い・・・」
アミは下着も脱ぎ捨てて生まれたままの姿になった。僕は全裸のアミを目の前にして失いそうな理性を必死で保持しながらも湧き上がる獣の如き煩悩に抵抗しつつ激しく葛藤しもがいていた。
「トシも見たかったんやろ?私の裸を。私もトシに見て欲しかったんよ。ほんまやで。」
「アミ・・・自分を安売りしたらあかん・・・あかんて・・・」
僕は本心とは裏腹な実に見当違いなセリフを吐いていた。17才の未成年とは言えアミの裸身は十分に大人の女性のそれだった。服の上からでもはっきりと認識出来ていた豊かな胸元は、形の良い大きなお椀型の乳房としてその全容を露わにしていた。華奢で細身だが腰のくびれは美しい弧を描いて女性らしい丸みを帯びたシルエットを形成しており、透き通るような白い肌は気絶するほど悩ましいものだった。何よりもアミのあどけない無垢な少女の顔が衣服を脱ぎ捨て全裸になった途端に淑女のような妖艶なフェロモンを漂わせている現実に驚きを隠せなかった。目の前のアミは明らかに少女から女へと変化していた。まるで幼虫がサナギの殻を脱ぎ捨てて美しい成虫へと変化していくアゲハ蝶の如く・・・
しかし僕はアミの挑発に怖気づいて本心をさらけ出せないでいた。自分の気持ちに嘘をついてアミから逃げていた。そんな気弱な僕にアミは眉間にしわを寄せて目に涙を浮かべて激しく苛立っていた。
「なんでやねん!なんで安売りやねん!ねえ、トシ、私に恥かかせんとって・・・」
アミにここまで言わせて尚もアミの要求を拒むのは、逆にアミの純粋な想いを否定する冷酷なものだと僕は改めて気付かされた。僕は自分の気持ちに欲望に想いに正直になろうと決めた。
「わかったよ。描かせてもらうよ。」
アミはようやく納得したようで、いつものあどけない笑みを浮かべて全裸のまま椅子に座り佇んでいた。
「ありがとう。綺麗に描いてね。」

アミの肖像画を描くのはこれで2度目になるが、前回と違って今日は全裸のアミの肖像画である。洋の東西を問わず裸婦画と称される物は何百年も遥か昔から存在する。画家を志す僕も当然の事ながら裸の女性を描く事に人知れず興味と好奇心を抱いていたが、まさかリアルに裸婦画を描く機会に恵まれるとは思いもよらなかった。しかも貧乏故に美術系の学校に進学出来ず独学で勝手きままに絵を描いている無知で無学な立場の僕がこのような機会に恵まれるなどとは本当に夢のようだ。夢なら永遠に覚めて欲しくないと思わずにはいられなかった。
僕は裸のアミに対する煩悩をかなぐり捨てて絵を描く事に集中した。自分でも驚くほどに描いている最中は煩悩が脳内から消えていた。裸婦画を描く画家の心境とは正にこのような物なのだろうか?女性のヌードを撮る写真家の心境も同様だろうか?そんな疑問を抱く事自体、僕はまだまだ未熟な人間なのだろう。芸術と欲望の境界線は目に見えない所にはっきりと存在していると思う。真相は明らかではないが・・・

数時間後、ついにアミの裸の肖像画は完成した。神経をすり減らして長時間集中していた分メンタルの消耗が思いの外激しく、完成と同時にその場で倒れ込みそうになった。
アミは顔面蒼白になって憔悴している僕を心配しながらも、自分の裸の肖像画の完成度に感嘆の声を上げていた。
「これが私?・・すごく色気があって自分じゃないみたい・・トシ、ありがとう。」
「気に入ってくれて良かったよ・・早よ服着いや、風邪引くで。」
アミはふらついている僕を万年床に押し倒すと裸のまま僕に覆いかぶさってきた。
「トシも脱いで・・・」
そう言いながらアミは僕の衣服を脱がしに掛かった。僕は無抵抗なままにされるがままにアミに身ぐるみをはがされていた。

「トシ・・・今日はこのまま一緒にいたい・・」
僕とアミは生まれたままの姿で布団にくるまって抱きあっていた。僕は発熱したように全身が火照って意識がふわふわしていた。アミの身体は長時間裸身を晒して絵のモデルになっていたせいかかなり冷え切っていた。僕は冷え切ったアミを暖めてやろうと強く抱きしめた。
そこから先は何だか夢うつつではっきりと覚えていない。どれくらいの時間こうしてアミと抱きあっていたのだろうか?翌朝目が覚めたら目の前にアミのあどけない寝顔があって、すうすうと可愛らしい寝息を立てていた。
アミの大きな乳房は餅のような柔らかい感触がありうっすら汗をかいてほんのり甘い香りを漂わせていた。
もう少しこのままでいたいと思った。アミが目を覚ますまでこのままでいたいと思った。

やがてアミが目を覚ました。
「ん、んん・・あ、トシ、おはよう・・・」
「アミ、起きたか?」
僕ががばっと起き上がって布団をめくると、シーツに赤いシミが付着していた。アミは処女だった。処女のアミと童貞の僕は、無事に結ばれたのであった。僕たちは正真正銘ひとつになれたのだ。
「初めてやったんか・・?」
「うん。トシ・・ここで一緒に住みたい。ええかなぁ?」
「ええよ。アミ、ずっと僕のそばにおってくれ。」
「嬉しい・・トシ、愛してる・・・」
僕とアミは舌を絡めて抱き合った。時間を忘れて貪りあった。

こうして僕とアミの同棲が始まった。アミは居候している友達のマンションから自分の荷物を僕の自宅へ運びだした。荷物は衣服と簡素な日用品が主で限られていたが、僕の自宅に移すと狭い部屋内が更に狭くなった。やはりワンルームに二人で住むのは少々無理があるようだ。
「なあ、トシ。もっと時給のええバイトにせえへん?」
「せやなぁ・・・けど無理して体壊してもアホらしいで。」
「うん。キャバクラは時給良かったけど、私ってやっぱ人見知り激しいから
結局続かんかったしなぁ・・・」
「ちょっとづつでもええから二人で貯金していったらいつかは広い所へ住めるようになるやろ。」
「トシは絵を描き続けて。私でよかったらいつでもモデルになるから。」
「ありがとう。アミには感謝してるよ。」

アミはコンビニのバイトを辞めて近所のスーパーでバイトを始めた。スーパーだと売れ残って廃棄処分する総菜や弁当などを貰えるからだ。そのおかげで食費は随分と助かっている。
僕は配送センターのバイトを継続していたが、週の半分は夜勤シフトに変えた。夜勤の方が時給が高いからだ。こんな感じで僕もアミもがむしゃらに働いた。少しでも早く貯金が目標額に達して広いマンションに引っ越せるように毎日精一杯働いた。

そんなある日、僕らは思いもよらぬ出来事に遭遇する。
「トシ、今日な、駅前を歩いてたらスカウトされた。」
はぁ?唐突なアミの報告に僕は耳を疑った。
「スカウトって、何の?」
アミはバッグから名刺を出して僕に見せた。名刺には『(株)なにわエンターテインメント 代表取締役 加納ジョージ』と書かれていた。何やら怪しげな胡散臭さが感じられた。
「突然話し掛けられてん。君、可愛いね~って。地下アイドルのプロデュースをやってるから一度事務所に顔出してみてって。どうしよう・・・」
「アミはどうしたいん?」
「あのね、もしかして地下アイドルになれたらね、お給料たくさん貰えるかもよ。そしたらすぐにでも引っ越せるやん。トシはどう思う?」
「アミがやってみたいんやったらかまへんよ。」
「そうなんや・・・やってみようかな・・・」
僕はまたもや本心とは裏腹なセリフを吐いていた。僕はアミと結ばれて以来、アミを四六時中独占したい欲望で溢れかえっていた。もしもアミが地下アイドルになってメディアに露出するとなったら、当然僕以外の男たちの好奇な視線に晒される。そうなる事を僕は望んでいない。
僕の本心はアミは僕だけのアミでいて欲しいと思っているのだ。誰の目にも晒したくない、誰の手にも触れさせたくない、僕だけがアミを独り占め出来る権利を得ているのだ、と声高らかに全人類に宣言したいのだ。
そう思う反面、もしもアミが地下アイドルになって世の中の男たちの視線と欲望を引き寄せる偶像となったなら女神となったなら、あの女神は僕と愛し合っているんだよ、本当は僕だけの女神なんだよ、どうだい、羨ましいだろうと、この上ない優越感に浸りたいとも思う。
独占欲と優越感、どちらも満たしたい僕はまずは優越感を満たしたくなったので、アミがなにわエンターテインメントの事務所を訪問するのを了承した。ただし条件がある。僕も同行するのだ。僕もアミの身元保証人として面談に同行して先方の話を聞きたいのだ。あなた方はアミを如何様にして地下アイドルに育てあげるのか、そこの所をきちんと精査したい。
僕はアミに僕の意向を伝えた。アミはわかったようなわかってないような曖昧な表情で一応は納得した。


fin




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