見出し画像

BORN TO BE 野良猫ブルース   第9話 『倉敷は今日も晴れやった』


ジローはわてに隣家の老夫婦に飼われてはどうやと云うてます。
「そうじゃ、この子お隣さんとこで飼うてもろうたらえかろーになー。」
ジローの飼い主のおばちゃんもなぜか勧めています。
わては返答できずに戸惑っていましたがジローはそんな事はお構いなしに、わてをあちこち連れて行こうとしています。
「ボン、メシ終わったらわしが色々見しちゃるけーな。」
ジローはそう云うとそそくさと柴犬のタローの方へと向かったので、わても後をついて行きました。
「ほう、そいつはよそもんか?」
タローはすました表情でわてを見据えていました。珍クシャ顔のアンドレと違ってタローは柴犬らしいシュっとした目鼻立ちだす。まあ、田舎者なんで若干垢ぬけない雰囲気はありますが…
「おお、そうじゃ。ボンは大阪から来たんじゃ。」
「はじめまして。わてボンと申します。どうぞよろしゅうたのんます。」
「大阪からわざわざ倉敷までよう来たのー。まあゆっくりせー。」
わてはふと気が付いた。最前からジローとタローはお互い猫と犬で種族がちゃうのに普通に会話をしているが、なんで?と思いました。大阪にいた時は、ミーさんとアンドレは会話出来んかったはずやのになあ…
まあ、わからん事をなんぼ考えてもキリがないんでスルーしますわ。

とにかくここ倉敷は時間が止まっているかのように全てがのんびりまったりしてます。住んでる猫も犬も人間ものんびりまったりスローモーに生きてるように見えます。
やがてこの家の嫁はんが幼稚園帰りの二人の息子を連れ立って軽自動車で帰宅しました。邸内は一気に騒々しく賑やかになりました。
「あれー、ジローの他にもう一匹猫がおるー。」
目ざとくわてを見つけた二人の息子は、面白がって駆け寄ってきました。
「お義母さん、この猫どっから来たんですか?」
「ああ、ジローが連れてきたんよ。」
二人の息子の内、弟のヨシオがいきなりわての尻尾を掴んできました。
「フギャアアア!!何すんねん、このガキ!」
わては思わず「シャー!」と唸ってヨシオの右手に噛みつく素振りのリアクションをしました。わての想定外のリアクションにヨシオは激しく狼狽して泣きだしました。
「うわあー!猫に噛まれたー、うわあー!」
「お母ちゃん、ばあばー、猫がー猫がーヨシオの手ぇ噛んだぁー!」
兄のトシオがしきりに母親と祖母にわてがヨシオの手を噛んだと訴えていました。
しかしわては威嚇しただけで実際は噛んでいないだす。わてとガキどもの騒動を見据えたジローがわてに諭すように助言してきました。
「ボン、おめー人間に慣れてねーみてーじゃのー。人間のガキはどこ行ってもこんなんじゃけーあきらめー。そのうち慣れらー。」
「せやけどいきなり尻尾掴むんは勘弁して欲しいわ。怒るで、しかし!」
わてはジローの云うてる事に納得できまへんでした。
「ヨシオ、おめーなぁいきなり猫の尻尾掴んだらおえりゃーせんぞ。おめーもいきなり髪の毛とか掴まれたら怒ろーがぁ?」
おばちゃんは尤もな持論でヨシオを諭しました。さすが年の功だす。
「せーになぁ、あんた噛まれてねーで。よう見てみぃ。」
嫁はんもヨシオにわてが噛んでいない事実を伝えました。ヨシオは泣きながら自分の右手を凝視して噛まれていないのを確認していました。
「あーあ、この兄弟は特に弟のヨシオはこがん事しょっちゅうじゃけーよう覚えとけー。まあそのうち慣れるじゃろ。」
タローも呆れています。人間のガキは何かと厄介で面倒な存在だす。

続けて今度はおばちゃんの旦那が農作業着姿で軽トラックに乗って帰宅しました。
「なんなー騒がしーのー。」
「じいじー、おかえりー!」
「お?どこの猫じゃ?見た事ねー猫じゃのー。」
旦那はわての目の前にしゃがみ込んで物珍しそうにわての頭を撫でまわしています。最後にこの家の若旦那であるおばちゃんと旦那の息子が乗用車で帰宅しました。
「あれー?この猫、今日な大阪からの便に乗ってきとった猫じゃ。」
どうやら息子は運送会社に勤務しているようだす。わては覚えてなかっただすが、息子はトラックターミナルでわての姿を見ていたようだす。
「これでこの家の人間が全員揃うた。な、賑やかじゃろ?」
「そやな。わて、人間に飼われた事ないからめっちゃ戸惑ってるわ。」
「隣はじーさんとばーさんしかおらんけー静かなもんじゃ。また明日連れていっちゃらー。」
見ず知らずの土地でそれもいきなりこれだけ多くの人間と接触したので、わては大いに疲れ果ててしまいました。まあしかし大阪で出くわした中華料理屋のおっさんの如く露骨に猫を毛嫌いして理不尽な迫害を加える狼藉者に比べたら、可愛がってもらえるだけまだ遥かにマシだす。田舎の人間は総じてわてら猫族や犬族などの四つ足種族には友好的な感情を抱いていると思われます。

日没後、宅内の居室にて一家全員が揃ってくつろいでいます。
おばちゃんと嫁はんは台所で晩飯をこしらえています。旦那と息子はテレビを観ながら缶ビールを飲んで既に赤ら顔になっております。トシオとヨシオの兄弟は最前から変身ヒーロー物の玩具を身に着けて断末魔の奇声を発して格闘しています。格闘は兄弟が毎日この時間に欠かさず行う日課やそうだす。ご苦労なこっちゃ。で、時々ヨシオがわての方をチラ見しますが、その都度わてが「シャー!」と威嚇するのでヨシオは半泣き顔で尻込みしています。
「おいおい、もうええかげん許しちゃれー。」
わてはジローに諭されますが、やはり尻尾を掴まれた事がトラウマになってます。
「なあ、この猫、お隣さんに紹介しちゃろーやー。」
旦那もおばちゃんと同じ提案をします。これだけあらゆる人から言われると、なんやわての方でも隣の老夫婦に飼われなあかんように思えてきました。
「明日、連れて行こうやー。喜ぶじゃろ。」
どうやらわてが隣家で飼われるのはほぼ決定となりました。わては正直まだ不安だす。

晩飯も終わり一家は順番に入浴をして寝床に就きます。ジローはトシオとヨシオの寝床の中央で兄弟に挟まれるような形で丸まって寝ています。
わては人間に接近して寝るのはさすがに抵抗があるので、居室のソファーの上に鎮座して寝る事にしました。
野良生活が長かったせいか暖かい屋内で寝泊まり出来て、尚且つメシ付きの環境は実にありがたいだす。しかも外に出れば自然豊かで野生の小動物も豊富にいます。運動不足解消にもなるし、天然の栄養源も得られます。大阪のような都市部ではまずお目にかかれない恵まれた環境だす。
後は人間との共同生活に慣れてしまえば、死ぬまで安泰やなとわては妄想を膨らませていました。死ぬ時も飼い主に手厚く看取られて死ねるんだすよ。なんて贅沢極まりない生涯でしょうか。野良やと下手すると誰にも気付かれずにそのまま土に還っていくだけだすよ。考えたら寂しいものだす。
それでもふと、ミーさんやおケイはん、師匠や白猫先輩、野良仲間たち、アンドレ、専務理事、自警団の部下たち、メシをくれるおっちゃんやご婦人たちと過ごした日々や黒猫会との闘いに費やした時間などを思い出したりもします。
猫にとっては人間に飼われて何不自由なくまったり過ごすのと、特に都市部の野良のような厳しい環境で死に物狂いで生きていくのと、一体全体どちらが幸福なんでしょうか?
猫にとっての不幸ってどんなんを言うんでしょうか?何が幸福で何が不幸なんでしょうか?考え出したらキリがないだす。
そんな思いをつらつらと脳内で巡らせながら、程よい疲労感に睡魔を促されて眠りに就きました。

ー夢の中ー

「ボン、久しぶりやな!しばらく見んうちに大きくなったなぁ。」
「あれ?師匠!師匠やないですか!ご無沙汰しとります。」
「お前、随分と出世したらしいなぁ。」
「へぇ、おかげ様で大阪府野良猫協会お墨付きの役職を頂きましたわ。これも師匠の教えがあったからだす。師匠には感謝しとります。」
「せやけどボンよ、お前なんで大阪を離れたんや?」
「へ?なに云うてまんねん。わてずっと大阪にいてますやん。」
「いやいや、俺の息子がボンを捜しとったで。」
振り向くとカルボナが立ち尽くしていました。
「長官、どこに行ってたんですか?随分捜しましたでぇ。」
「えっ?わてどこにも行ってないで。」
「嘘!ボンちゃん、うちらに内緒で突然いなくなるねん。なんで?」
ミーさんもわての目の前に突如現れました。
「うちの妹がずっと泣いてんねん。ボンちゃん、女の子を泣かしたらあかんよ。」
「ボンさん、行かんとって…ずっとそばにいて下さい…ぐすっ…ぐすっ…」
ミーさんの後ろでおケイはんが泣いています。わては脳内が混乱を極めてきました。意味不明だす。
「ボン、お前、大阪が嫌なんか?そないに田舎暮らしがええんか?」
「ボンちゃん、いつまで倉敷におるん?はよ帰ってきいな。」
「長官、僕ら長官がいてへんと何もできないんです。お願いします。帰ってきて下さい。」
「ボンさん、うち待ってます。ボンさんの帰りを待ってます。私、待つわ、いつまでも待つわ、たとえあなたが振り向いてくれなくても。待つわ、待つわ、いつまでも待つわ、他の誰かにあなたがフラれる日まで。」
「うわあああああ!!」

「おーい、ボン。どがんしたんじゃ。汗びっしょりかいとるがー。」
わてはジローに起こされて目を覚ましました。
「あ、あ、おケイはん……あれっ?!」
「寝ぼけとるな。おめー、ぼっけーうなされとったぞ。きょーてー夢でも見とったんか?」
すっかり朝になってました。トシオヨシオ兄弟以外の全員が既に起床してます。
「今日はお隣さんちに行くけー、しゃきっとせーよ!」
ジローにハッパを掛けられて、わてはようやく現実の世界に意識が戻りました。師匠もミーさんも既にこの世にはいてないんやと思うたら、ふと寂しくなりました。


fin





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?