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【連載小説】恥知らず    第1話『金曜担当:ユミ』


     「今日、メシ行こか?」                                                   「ええよ~。どこ行く?」                                                                                 「『涙の太陽』に18時でええかな?」                                                             「うん。あそこ美味しいよね!」                                                                       「ほな予約しとくわ。」                                                                                     「はーい!!」                                       俺は外回りから帰社して資料の整理を手早く終わらせそそくさと退社した。半年前から付き合ってる同僚のユミと週末デートを堪能する為、俺は待ち合わせ場所である最近食べログで評判の洋風居酒屋『涙の太陽』に、全身から吹き出る汗を拭いながら急いだ。                                 金曜の夜は仕事帰りのサラリーマンやOLで店内は溢れかえっている。ユミは奥のテーブル席で先に到着して待っていた。ぽってりした唇と人懐っこい大きなタレ目が実に愛くるしい経理部のアイドル・芦原ユミをなんとか口説き落とし、俺とユミは今では社内でも公認のカップルとなっていた。                          「おつかれー。待った?」                                       「おつかれさま。さっき来たとこやで。」                              俺らはとりあえず生ビール中ジョッキで乾杯した。連日の猛暑でカラカラに干からびた喉に生ビールをぐびぐびと流し込んだ。ぷはー、たまらんなぁ!        「あっこれな、いつもありがとな。ユミの弁当美味いよ。」                              俺は自分のカバンから弁当箱を取り出してユミに渡した。ユミは毎日俺に手作りの弁当を持って来てくれるのだ。料理上手なユミが作る弁当はお世辞抜きでむちゃくちゃ美味い。俺はそんなユミの家庭的で献身的なところに惹かれているのだ。                                                  「よかったあぁ。フユヒコくんのお口に合うかなぁっていつも心配してんねん。これからも毎日作るからいっぱい食べてねぇ~」                         そう言いながら俺の真正面にいるユミは、今にも唇を重ねそうな勢いであざとい上目遣いを俺に向けて瞳をうるうるさせていた。最初の一杯で既に酔ったのか?と思った。                          ユミは俺といる時は所構わず終始デレデレで、時々恥ずかしくなる位に人目もはばからずスキンシップを絶やさない。実に可愛くて俺にとっては誠に申し分のない都合の良い女なのだ。                                                「あんな、今日も波平が用もないくせにうちらんとこ来てな、隙あらば触ろうとすんねん。キモいわ、あのハゲ。いつかセクハラで訴えたろ!」              ユミが蛇蝎の如く拒絶する波平と称される人物は、磯野波平の頭部に酷似したハゲ頭を有する推定45才前後の営業部係長・島袋ミチオその人である。       俺にとっては直属の上司なのだが、如何せん優柔不断で肝心なところでいつも詰めが甘く極めて頼りない性格が災いして、社内でもすこぶる人望と頭髪が薄く本人の聞こえぬところで波平と呼ばれ常にこき下ろされているいわゆる典型的な使えないダメ社員である。加えて40過ぎて独身のせいか無駄に性欲を持て余しているので、社内の若い独身女性社員に色目を使い気持ち悪がられているとことん救いようのない残念無念なおっさんなのである。                                「波平なぁ。しゃあないな、あのおっさん自覚ないもんな。」                        「そやねん。ほんま痛いおっさんやわ~。社内の女の子みんな嫌がってるんわからんのんかな?」                                          「得意先の事務員さんを口説こうとしてクレームきた事あるんやで。笑うわ。」                                                「マジで!ようそんな人いつまでも会社に置いとくな。」                       「会長の遠縁らしいで。余程なんか重大な事でもやらかさん限りは、大丈夫やと思うてるんやろ。」                                      「結婚相談所に登録させて、はよどっかの売れ残ってる独身女をあてがったらなあかんね。」                                               「せやけど波平でもええって言う女おるかな?」                          「バツありのババアやったらいけるんちゃう?」                        波平、もとい島袋係長もここまで部下からアホ扱いされネタにされているとは、全くいい面の皮である。                                 注文した地中海サラダ、エビのムニエル、霜降り馬刺しが来たので、二人でつまみながら俺は二杯目の生中を飲んでいた。                              「馬刺しって精力つくんやな。フユヒコくん、しっかり食べてね~」                 「明日は休みやし、寝ずに頑張るわ。」                             「やらしいなぁ~、うふふ…」                                  ユミは意味深な笑みを浮かべ、何気に俺の股間をチラ見していた。この女は根っからの好き者である。                                  そんなこんなで二時間ほど飲んで食って他愛のない会話を交わし、俺らは店を出てから独り暮らしのユミの部屋へ向かった。毎週末は決まってユミの部屋で過ごしている。                                           「ねえ、たまにはフユヒコくんのおうち行きたいなぁ~。いっつもうちばっかりやん。」                                            言われてみれば確かにその通りだ。まあ、これにはのっぴきならぬ事情があるのだ。如何なる事情やと問うのであれば、よろしい、お答えしよう。実はユミの他にも、お嬢、ご婦人、未亡人など総数六名と同時進行で交際しているのだ。故に俺は極めて多忙でありながらも沸き上がる欲望を十分満たし、肉体的にも精神的にも充実した日々を送っているのであった。                        各々の面談日もローテーションが定まっており、月曜は看護師のケイコ、火曜は未亡人のエツコ、水曜は専業主婦のチエ(水曜は旦那が出張)、木曜はバツイチ子持ちのルミ(木曜は子供を姉夫婦に預ける)、本日金曜はユミ、土曜は独身OLのマイ、日曜は女子大生のミホ、となっている。その為、イレギュラーなトラブルの発生が懸念されるので、極力自宅での面談は控えているのだ。                                             諸君、こうなると経済的にさぞや大変だろうと思われるだろうが心配ご無用。ケイコ、エツコ、チエには貢がせているので、逆に残り四名には貢いでもらって得た不労所得を還元する形を取っている。故にプラスマイナスほぼゼロに等しく経済的負担は皆無なのだ。                          諸君、これこそが理想的な資本主義の在り方で、金は天下のまわりものとは良く言ったものだ。いやしくも俺は医療器具メーカーで営業職に従事しているが故に、本業で培った巧みな交渉術を異性との交遊に於いても遺憾なく発揮し日本経済に大いに貢献していると自負しているのだ。いわば俺は実に理想的な日本国民のお手本のような存在なのである。                  長々と俺が生きる上での理念を語らして頂いたが、今正にユミの自宅にてこれから事に及ぶところである。今日は馬刺しを食しているので、翌朝まで不眠不休でユミ嬢をご機嫌に致らせるであろう。さあ~て、頑張るぞえ。


                   つづく

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