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弥太郎、成長する(ただし夜の街で)

二月六日~八日 弥太郎は遊郭の内に歩み入りつつも遊女との交情には至りませんでしたが、ついに境界を越えます。途端に三日連続……悔いたり、故郷の父母に詫びたりする記述はありません。

六日 雨。朝飯後、八幡町の書肆しょしで書物を求めようとするも、店主が不在。中沢の寓舎でも留守……といった一日が暮れた後、弥太郎は「遊びたい気持ちがしきりに動き(遊心頻動)」、一人で丸山に赴きます。弥太郎はこんなことを考えました。

新築楼に行き(昨晩の出来事で心を惹かれた)たつみに会いたいが、万一巽と親密な仲になったなら、その後夢中になり深入りしてしまうのではないかと思って、すぐに心を取り直し、津野国屋の端松楼に上がった。

 老婆の連れて来た常盤野ときわの「容色美麗」で、すくい取り」たくなるような色香。酒を飲んだ後「房裏」に入ります。「そのこころもちしぐさは何とも言えないほどだ(其情態可知矣)」少し眠って目を覚まし、急いで帰ろうとして「こんな雨風では」と止められました。雨が止んだ後で寓舎に帰りますが、酒席にいた百花という遊女もかわいかったなあ、とよほど印象が良かったようです。

七日 雨。朝から遊郭で遊びたい心持ちの弥太郎は、午後、下許と「津国耬」に上がって「随分愉快」。弥太郎は昨晩の常磐と過ごします。一睡後、隣室にいたはずの下許は先に耬を出て行方知れず。黄昏時、弥太郎は一人で花月楼に上がります。相手の千鶴は「容貌は常磐に劣るが、物事を解することにかけては常磐の及ぶところではない」

 弥太郎が「歌娼」を呼ぶと、店の「老婢」など七、八人も陪席、中の一人が「只今来訪の士人はあなた様の伴ではありませんか?」とたずねます(土佐弁で二人の関係を察した?)。下女が偵察して「細目で薄い鬚」と報告。弥太郎はその房に行き、店の女に屏風を少し動かさせたりして、下許と確認します。下許はあまり興の乗らない様子。

 帰寓後、下許は弥太郎に下手くそな和歌を示しました。弥太郎が余計なことをしたために遊女の心が不都合になったのではないか、と猜疑する趣意でした。そのせいなのか、弥太郎は「心が落ち着かず眠れない」「鶏が鳴く頃にようやく入眠の境に入った」

八日 朝、下許と昨晩のことを笑いつつ談話。下許は「金を払ったのに少しも愉快でなかった」ので、今日再び遊女屋に行って気晴らしをしよう、と提案するのですが、弥太郎は、疑われるのは嫌なので一人で行ってください、と返答します。

 戯れの問答のようで、二人とも中沢寅太郎の寓居に行って結髪をし、上楼に備えて身だしなみを整えます(中沢の止宿先は結髪屋も兼ねているらしい)。下横目駒吉も同じ宿にいるようで、下許が今井純正の件で駒吉と相談するのを、弥太郎はそばで聞きます。

 昼飯後、再び花月楼に上がり、歌娼も呼び「歌いかつ飲んで」、今日は下許も愉快そう。弥太郎は、別の遊女屋へ移ろうと考えており、ここで「枕に就く」気はなかったのですが、「何分所持の遊女の情意が厚く、ねんごろなのですぐに去るのは忍びなく、しばしのあいだ寝所(閨裏けいり)に入り、しかる後に辞去した」

 ところが、別の楼に移ったものの格別「快」とはなりませんでした。しかも「知己の遊女常盤野はやむなくオランダ人ども(和蘭奴)の集まり」に行っていて、「他の遊女が御伽おとぎをするのはどうかと相談があり、甚だ不平だが穏やかに承知いたした」弥太郎は、一昨日の宴席で気に入った百花に短い手紙を残して去ります。初めての遊女屋から這々ほうほうていで逃げ出して(1月17日)から一月も経たないのに、何という弥太郎の「成長」ぶり! 


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