16.日曜学校

 小学3年生の秋頃から、教会の日曜学校に通うことになった。
9時から教会でミサがあり、それが終わると小学生だけ集まってシスターと一緒にお勉強したりお散歩したり…⁇

ごめんなさい。
そこは正直あまり覚えていません。
私が覚えているのは、この場所がとても心地よくて、暖かい場所であったこと。
何人かいらっしゃるシスターの中でも、色白の少しふくよかなシスターにとても懐いて、いつも一緒にいてもらったこと。
お名前も忘れてしまったけど、転校先の学校でいじめにあっていた私は、
彼女にとても救われた。
心の拠り所だった。

門から入って教会の手前の左側にある建物の部屋にいたような気がする。
色々覚えていることが多い私が珍しく、この日曜学校の仲間達のことが、あまり覚えておらず、顔が思い浮かぶのは二人くらいしかいない。

中でも、唯一覚えている一人の男の子。
ヒョロっとしていて、ちょっと色黒、あまり背が高くない。
やんちゃでもない、出しゃばらず、ちょっと控えめな優しい男の子だった。
彼は同じ学年で、転校先の学校に彼もいたが、クラスは違う。

初めて日曜学校のみんなと会った時、それぞれロザリオを持っていて首から下げていたのが印象的だった。

日曜学校では、先ず最初に主の祈りから始まる。
私も頑張って覚えた。

天にましますわれらの父よ
願わくはみなをあがめさせたまえ……

私は毎週日曜日、欠かさず教会へ通った。
何回めかの日曜学校の時、シスターが私にロザリオを渡してくれた。
イエスキリストのことを何も知らなかった私には、十字架にイエスさまが縛られてるのが、いたたまれなかった。
鎖の部分は、茶色の数珠玉が繋いである感じ。
よく数珠玉の中の芯を抜いて、糸で繋いでネックレスを作っていたことを思い出していた。
多分…数珠玉ではないと思うけど、他の子のは、女の子はピンク、男の子は水色の大きいビーズのような鎖。

「私のパパと同じロザリオ〜!」

と女の子が叫ぶくらい渋いロザリオだった。

どうして私だけこんな茶色の⁇

と思ったけど、逆にみんなと違うというところに、厳かさを感じ、みんなが言うほど嫌ではなかった。
そりゃ、私もピンクの方が良かったけど、おばあちゃんとかが持つようなこのロザリオが、私にとってはとても貴重なものだった。

この年のクリスマス、初めてのクリスマス会に参加した。
劇をやるのだが、私はもちろんその他大勢の中の一人。

12月に入ったある日、B3くらいの大きさの紙が配られた。
そこには10本のろうそくの絵が書いてある。
10本めは太くて一番大きなろうそく。
ろうそくの炎は三層に描かれている。
色はつけられていない。

「お家で褒められたら、ろうそくにに色を塗るのよ。
ろうそくは3色塗るようになっているでしょう?
3回褒められたら一本完成ね。」
と、シスターが言った。

おいおいおい…

って感じだった。
あ〜!!お先真っ暗。

わたしは全部仕上がるまでにおばあちゃんになっちゃうよ〜
一体何年かかるのよ〜
ママが私を褒めるわけないじゃない…
シスターに話をして、やめてもらおうかなぁ…

…言えるわけがない。
まだこの頃は、内気な私なのだ。

案の定、何日経ってもろうそくに色はつかなかった。
そこで私は、“ 褒められる ” ことの定義を、自分の中でちょっとだけ緩めることにした。

神さま、ごめんなさい

ロザリオをぎゅっと握って、神さまに謝った。

私の考えた定義は、私を褒める言葉がなくても、母がニコニコして、
「そうね」
と言ったらろうそくに色を塗る。
「そうね」と笑顔で言う=(イコール)「そうね、よくできたわね」
と褒められたことと同じ。

かなり自分寄りの解釈。

それでも、1週間でやっと一本。
早々と10本のろうそくが仕上がった女の子がいた。

そんなに褒める人、いる⁇
そんなに褒められること、ある⁇
ウソついたら、バチが当たるんだからッ!!

と思う反面、とても羨ましかった。

この時ほど、母と神さまの間で困ったことはない。
みんな提出し終わって、私だけになった時、私は真剣にこの宿題と向き合ってるけど、本当に私は真面目にやっているのか⁇…という空気が流れ始めた。
焦りに焦って、仕方がないので、全部のろうそくに色を塗って提出した。

シスターが
「えらかったね。」
と蔓延の笑みで褒めてくれた

神さま、わたしは悪い子です。
ごめんなさい。

と、心の中で言った。

…続く……🕯️

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?