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しゅわしゅわ、ほんわり~魔法の時計店~

遠距離介護で施設に入所中の母から腕時計が動かなくなったので、直してほしいと言われて、面会の後預かって、電池交換をしてもらうことにした。

母は自分の時計をなくしてしまい、それからは父の形見の時計を使っているのだけれど、やせてしまって、ぬけてしまうので、ベルトの穴も増やしてほしいとも言われた。

母のいる施設は実家から車で15分ぐらいなのだが、土地勘がないのと、私が車の運転をしないので、修理といえどなかなか大変である。

結局ネットで調べて、2件ほど見つけ、当日休みだったり、田舎あるあるで既に営業していなかったりすると大変なので電話で確認もし、徒歩で20分ぐらいかかるが、感じのよいお店に行くことにした。

電話の応対もはきはきと感じよく、アンティークの時計の通販もやっているとのことだったので、40代ぐらいの店主さんの最近実家の近辺でもみるおしゃれなお店かと思っていったら、レトロといえばレトロだが、どちらかというと昔のまんまのお店?とおもいながらガラスの引き戸をあけてはいる。

「こんにちは~」

「いらっしゃいませ×2」

綺麗にハモッた声が奥から返ってきた。

小上がりのカウンターの奥に奥さん。
その手前の土間のところで振り向いているのがおそらく旦那さんだろう。
電話の印象とは違って、お二人とも70代だろうか。

お二人ともにこにこしながらこちらをみていた。

電池交換とベルトの穴あけをしたいと伝えると、この間電話くださった方ですかと言われ、そうですと答える。

ちょっと待ってくださいね。すぐできますと、旦那さんが奥さんが座っているのとは別の小上がりのほうに向かう。

座ってくださいと奥さんが椅子を勧めてくれ、飴どうぞ~とこちらも勧めてくれた。

足元にはストーブがあり、やかんが載せられて、しゅわしゅわ湯気がたっている。

遠くからいらしたんですか、と奥さんに聞かれ、東京からで、母が近くの施設にいることを説明したら、大変ですねえ、と言ってくださった。

お店の中は本当に昔風で、すこし曇ったガラスケースの中には腕時計などがあり、壁には懐かしい感じの振り子時計がたくさんかかっている。

時間はどれもきちんと合わせてあった。

「なんだか懐かしいものがたくさんありますね」と言ったら、そうなんですよ、と奥さんが笑顔で答えた。

ほどなくして、お待たせしました、と旦那さんが時計をもって現れた。電池代だけでいいですよと言ってくださり、ベルトの穴あけ代は無料とのこと。

併せて奥さんがよかったらどうぞ、とお年賀の袋に入ったボールペンをくださった。

お礼を言って、店を出るとき、またいつでもどうぞ~と言って送り出してくださり、旦那さんがさっきと同じ場所、奥さんの向かい側に腰を下ろすのが見えた。

時計店というのは食べ物関係と違い、そうしょっちゅうお客がくるとは思えないので、あのご夫婦は、日がな一日、一緒にお茶をのみながら時を過ごされているのだろうか。

実際はいろいろあるのかもしれないけれど、長い年月の積み重ねを経て、あのお二人の笑顔があるんだな~と思った。

実は直前に母のいる施設で、母の体調についてちょっと厳しい話を聴き、寒い中をてくてくというより、とぼとぼ歩いてきたのだったが、修理してもらう短い時間に、このご夫婦のほんわりした雰囲気としゅわしゅわした湯気の中で魔法にでもかかったかのように、私自身もほんわりした気持ちになったのにびっくりした。

まるで魔法でタイムスリップでもしたかのような気分。

魔法の時計店。

ずっとずっとあの笑顔のままでもいてくださるように。

思わず、そんなことを思いながら、母に時計を届けに向かった雪の日だった。

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