見出し画像

21. 休憩というタスク 【マジックリアリズム】

「挽肉好きでしょう、マスター」

「好きだね、挽肉を使ったレシピがものすごく多い」

「王道だけど、僕もこういうハンバーグとか好きすぎてどうにもならない」

粗挽胡椒が効いていて、肉と玉葱とつなぎのバランスが絶妙な合挽き肉のハンバーグ。フリルレタスの黄緑色は蛍光色と同列の鮮やかで、小さくて細長いトマトはまるで絵の具で描かれたように、厳密な赤色を艶めかせていた。

「シンプルなものは、いいよね」

小さなグラスの透き通った氷水を飲みながら、マスターは言った。

「うん。ミニマリストとまではいかないけど、視覚的な情報が少ない部屋は居心地がいい。給食みたいなわかりやすい味の、定番の献立も好き」

「今の部屋は広くないんだっけ?」

「広くはないよ、でも物が少ないから手狭に感じることは少ないかも。掃除も楽だし。本とかは出して並べたりすると意外と量があるんだけど、片付けは得意な方だから上手に収納してる」

「整えたいんだね、居心地よく」

「週末の最初のタスクは掃除。小さな部屋であちこち整えてると、ハムスターみたいなだなって思う。ちょこまかもぞもぞ整えてると」

「すっきりした部屋で、集中するんだね」

「珈琲を淹れてからね。最近、いただき物のドリップポットがあったのを思い出してハンドドリップにはまってる」

「思いついたことを、あれこれ自由にやれるって幸せだよね」

「たいしたことじゃなくてもね。普段あんまりTVって観ないんだけど、電源入れたときにたまたま観た番組の影響?みたいな感じで突如、ナンカレーを食べたくなって外食したり、電子書籍の雑誌で読んだ記事にあった珈琲豆を取り寄せたりしてさ。なんか、ちょくちょく深いことを言っているようで、僕って実はたいした中身もなく軽薄なやつなんじゃないかって思ったりして、ちょっと悩んだ」

「軽薄かどうかを気にしていることの方がむしろ気になるよ。そんなふうに考えるなんて、むしろ深くて重い本質を持っているように私は感じるよ」

「流されやすいっていうか、譲れない自分っていうものがないのかなって。深刻に悩んでるわけじゃないけどね。いいなって思ったもののツギハギみたいな気がして」

「多かれ少なかれ、見たもの聴いたことの影響を受けて構成されてるんじゃないかな、誰でも」

「もっともだ、と思う。そう言われると素直に」

「発想の素とか、思いつきのきっかけとか、そういうことだよね。自然なことだよね。それで心の生活が豊かになるなら、素敵なことだね」

「マスターもある?」

「毎度、気にするわけじゃないけど、あると思う。食材を補充しにモールに出掛けて、ふと漂ってきた卵料理の匂いにインスパイアされて、日替りのメニューをオムレツにしたりとかね。そっくりそのまま取り入れるわけでもないから、焚き付けられるっていう感じかもしれない。私の場合は料理をしているし、やっぱり嗅覚とか味覚を刺激されると弱いね」

最後のひと口を食べ終えて、1ミリのズレも許さないマスターの味覚のことを思った。胃袋さえポータブルで付け替えられるなら、眠るまで延々と食べていたいくらい美味しいハンバーグ。その下に添えられていたスプーン3杯分くらいのクリーミーなマッシュポテトも控え目ながら絶品だった。

「それが仕事に活きてる」

「いつも褒めてくれてありがとう」

「こちらこそ、いつも美味しいのをありがとうございます」

複雑に考えがちだから、シンプルさを欲するのかもしれない
深いところまで分解して考えるのが好きなのかもしれない。
面倒な性格だと思いながら、またこうしてそんな在り方について理由や構造を記述するみたいにして理解したがっていることに気づいて、お手上げな気分満載だ。

きりっとした気分で帰りたかった僕は、アールグレイのアイスティーを注文した。
マスターの淹れるそれは、すっとした一本線が煌めくような風味が特徴だ。どんな料理にも合うきれいな後味。

内容の異なる過集中の時間を、次から次に渡り歩くような生活を変えられない僕は
脳内のTo doリストに「休憩する」というタスクを加えるやり方で休息を確保しているのだと思う。持ち場を離れて食べに来る晩ご飯も、習慣でもありリストのうちのひとつでもある。器用な方法ではないけれど、今のところうまくいっているような感じだ。


To be continued..

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?