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君のいない惑星

乾いて、哀しみの色を帯びた寂しさが町中を覆っていたよ。あの小さな身体で、君はニンゲンの情けない弱さまで持ち去ってくれたのかな。

深海の群青色に染まって、冷たい模様が抜け切るまでにはまだしばらくかかりそう。

黙って目を合わせて、何を思っていたのかな。嗚咽にもならない声を聴く三角形の耳は、時折ぱたりと動いていた。

だれよりも愛しい愛猫。

あの夜から、世界は一変してしまったよ。君のいた地球はもうどこにもないんだね。

君のいない惑星は、まるで見たこともないような景色。世界は突然によそよそしく、軽く、薄い色

あんなに好いてくれていたのに、忙しくなってごめん。いつでも帰りを待っていたのに、つれなくしてごめん。

最期の力を振り絞って顔を上げて目を合わせてくれたのに、涙で見送って、ごめん。

君を抱いたことのある友人たちもみな一様に哀しく思っているんだよ。もう一度撫でたかった、って言って気落ちしているよ。

一度たりとも言語を分かち合ったことはなかったけれど、いくらでも話していられたね。いくらでも声をかけあって、いくらでも寄り添っていたかった。

君と暮らせたから、人と人もほんとうに分かり合うのは容易じゃないと学べたよ。言葉を越えて向き合えたから、言葉はひとつの手段に過ぎないってわかったんだよ。

目と目が合うとき、ゆっくりと瞬きするとき、小さな手に触れて、やわらかい毛だらけのしっぽが揺れるとき、声を出さずに口の動きだけで訴えるとき、なにも言わずにそっと横に佇むとき、いつだってそこに想いのやりとりがあったんだよね。長く、ふんわりとした毛に覆われた、命というエネルギーの塊にもっとずっと触れていたかった。

動物はいつも人間になにもかもくれるばかりだよ。その毛も、肉も、労働力も、癒しも、やさしさも。

我々は君たちになにかあげられるものを持っているのかな。大きな脳をめいっぱいに回転させて全員でSurviveする道を見出せるかな。

衰退と繁栄、受傷と回復、主観と俯瞰。

横たわる朽ちた老木に苔生すとき、生まれたての新芽を見つけられる。二足歩行の霊長類、つやめく若葉を傷つけぬよう丁寧な仕事をしないとね。君のいない惑星にも、まだ未来って時間があるから。

キューブラー・ロスは、喪失の5段階説を用いてこころの動きを語ってくれた。

知識はハートに届かない。

そこに願いが宿ったとき、知恵と呼んで近くに置きたい。

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