見出し画像

15年くらい悩まされている悪夢

15年、いやもっとか?私は同じ夢を見て起きることがある。

高校一年生の時に好きだった男の子の夢である。正直、その男の子の顔は覚えていないし、今も想いを寄せているなんてことは全くなく、寂しさがある訳でもない。

恋愛が充実してようが、忙しくしてようが自分のコンディションに関係なく15年間的にその男の子の夢を見るので今日はそのことについて書こうと思う。

その男の子とは高校一年生の時に同じクラスになった。仮名でAくんと呼ぼう。そして思い出を過剰に美化しないよう当時のことを淡々と述べていく。

男友達が多く、部活は確かバスケ部に入っていたAくんは教室では寡黙だった。授業中に寝ていることもよくあり、とにかくあまり話さない。気取っているわけではなく静かな性格だったのだと思う。一度、誰かクラスの男子生徒が先生に突っかかった?か何かで帰りのホームルームが伸びてしまったことがあった。その時、普段寡黙なAくんがその男子生徒の机を蹴って無言で出て行ったのだが、怒りながらも結局黙っていたので本当に無口な人だなと思っている。

思い出を美化しないと言いながらもわかりやすく伝えるために多少美化するのであれば、スラムダンクの流川楓のような性格だったように思う。流川楓ほどバスケに熱くなかったが、静かではあるが真面目すぎるわけでもなく、そして学校の一軍女子には特に人気がなくなぜかオタク女子に人気であった。

私はそんなAくんに一目惚れしてしまった。今までの恋愛で一目惚れ以外をしたことがない。性格を知って相手を徐々に好きになるというストルゲ的要素は私には無い。けれども恋愛よりも友愛の方が価値があるように思う。本当に会話が楽しかったり、気を許せる相手は恋愛対象ではないが、それよりも重要な「友愛」ボックスにカテゴライズされるのだ。

話を戻そう。結局、当時の親友のMちゃんがAくんと中学から同じだったので口利きをしてくれて、告白もしないままAくんと付き合えることになった。けれどもどう歩み寄っていいかわからず、結局数回一緒に下校しただけで、その後は一切話さなくなり関係も自然消滅してしまった。そして会話をしない状態のまま、高校三年生の冬になってしまった。

高校三年生の冬、みんなは受験で忙しい時期だが、私は秋の試験で合格をもらっていたので、精神的にも時間的にも余裕があった。しかし同級生はみんな受験で忙しい。なので時間と時間の隙間を縫うように大学生の友達と遊んでひたすら暇を塗りつぶしていた。しかし、そんな時Aくんが突然学校に来なくなってしまった。どうやら停学になってしまったと噂が走る。しかもただ停学になったわけではなくバイク事故にあって入院した、と物騒な話であった。学校はバイクが禁止だったので、停学。Aくんはセンター試験前に不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったのである。

だが、この入院で私とAくんの関係性が一転する。友達がAくんのお見舞いに行こうと、いうことになり私もついて行くことになった。Aくんは驚いていたが、流石に参っていたのかいつもより口数が多くなっていた。そのおかげで帰り際に「また遊びにくるわ」「うん、暇だしまた来て」と会話を交わす程度にはなっていた。でもこれは、高校一年生の時よりもお互いに少し大人になり社交性を身につけていたからかもしれない。

入院中で暇なAくんのところに、同じく暇な私はしょっちゅう遊びに行った。この時私は暇つぶし半分、同情4分の1、そして残り4分の1は証明のために足繁く通っていたように思う。なんの証明かというと、私とAくんは友達になれるのではないか、笑いのポイントが合う同類なのではないか、という直感に対する証明だ。

友達になれただろうに、何かの行き違いがあって友達になれなかった関係が一番寂しい、と思うのは恋愛よりも友愛に価値を置いているからだろうか。男女の関係だと容姿であったり、金銭感覚だったり、複合的な価値観が関わってくるが、友達はもっとコアな部分に通る一本筋が通じ合えていれば認め合えることが多い。友愛は恋愛関係よりも装飾がいらないのだ。

この頃はAくんと付き合いたい、という気持ちはなく「仲良くになれたはずなのに、なれなかった」という行き違いを払拭したいという思いが強かった。Aくんが笑ってくれることも増え、卒業間近になった頃、友達伝いにAくんが「今俺に彼女がいなかったら、あの子と付き合うってたかも。あんな面白い性格だと思ってなかった」と私のことを話していたということを聞いた。嬉しくもあったが、その時は彼女と別れてまで自分と付き合ってほしいとは思わなかった。なぜならすれ違いは解消されたし、もう彼と私は、恋愛という幻想を超えた友達になってしまったからである。

それから一年ほど経った時、高校の同窓会があった。私は2時間ほど遅刻するという暴挙をかまし、結局帰り際に立ち寄った。その時は、正直同級生と話すことなどないというドライさも持ち合わせていたのだが、Aくんも来ていると聞いたので同窓会が終わった後に数人でご飯に誘ってみようと密かに思っていた。

久しぶりにあったAくんはまた無口に戻っていたが、「この後何人かでご飯行かない?」と誘うと「うん、いこう」と二つ返事で了承してくれた。けれどもAくんはバイクを同窓会会場から少し離れた場所に停めていたようで「一回バイクをとってくる」と行ってその場を去ってしまった。それが私がAくんと交わした最後の会話である。

Aくんはバイクを取りに行って会場に向かう途中でまた事故を起こしてしまい、そのまま病院へ運ばれてしまった。

こう書くと亡くなってしまったように聞こえるが、亡くなっていない。ただ、その日以降会うきっかけもなく、会わないままになってしまった。そしてその1,2年後、Aくんは失踪してしまったらしい。理由はわからないが、Aくんから友達数人に「お金を貸してほしい」と連絡が行ったあとそのまま誰ともAくんと連絡がつかず、飛んでしまったようだ。

SNSで昔探したことがあるが、全くヒットせず。Aくんの消息は途絶えてしまった。その夢を15年間、何度も繰り返し見る。普段の生活でAくんを思い出すことはないので、何が亡霊のようにつきまとっているのかはわからない。そして昨晩も夢を見た。昨晩は友達と興信所を使って消息をたどる夢だった。いつも見る夢よりもグレードアップしていたのだが、起きて興信所を訪ねようとは思わない。

何度も繰り返される夢を見る中で、私は一つの仮説に行き着いた。小学生の時も中学生の時も好きな男の子はいたが、Aくんは自分の中で明確な自己形成の確立だったのかもしれない。自我の芽生えはもっと幼少期であるが、それまでは確立してなかった、自己形成の最後のピース的なものが確立されたきっかけになったのではないかと思っている。見た目がタイプであった、寡黙けれども男っぽさがある、そしてことごとくタイミングが合わず互いの特別になれなかった、という「特別感」が揃い、こういう人が好きだという自己認識が芽生えた瞬間。今思えば深い初恋だったのではないかと思う。その印象が強く、意識下に眠っているのかもしれない。もしかすると、当時の私はIfを抑制していたのかもしれない。けれども当時は、暇な時間をIfを考えることに費やさず、遊び呆けることに費やしていた。それが関係しているのかはわからないが、夢の中ではいつも「もっと仲良くなれただろうに惜しいな」と顔も覚えていない人に対して思ってしまっているのだ。

もしまた会う機会があったら、亡霊も消えてくれるかもしれないが今の所その手立てはない。想い続けているわけではないのに、夢から消えてくれない。環境がいくら変わろうが二ヶ月に一回は夢に現れて、不完全燃焼な再会を果たしてしまうのでたちが悪い。失踪してどうなったかはわからないが、私の夢の中ではこれからもずっと生き続けていくのだろうから、私が死んだら線香くらいはあげてほしいと起き抜けで思うのだった。


■5月18日よりWOWOWにてドラマ化決定!AIとの結婚生活を描いた京都SFコメディ

「ぴぷる」


■366日。日めくりで哲学者の教えと出会う

「まいにち哲学」

■第五回京都本大賞受賞。一度きりの人生について考える、哲学エンタテイメント小説

 「ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。」

■やわらかスピリッツ連載中(コミック)

「WeTuber おっさんと男子高校生で動画の頂点狙ってみた」

■LINE漫画連載中。(コミック)第三回カクヨムWEB小説コンテス大賞受賞作品

「アラフォーリーマンのシンデレラ転生」

■オンラインサロン

DMMラウンジ「この哲学がスゴい!」

https://lounge.dmm.com/detail/242/










読んでくださってありがとうございます、いただいたリアクションがとても励みになっています。