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カルト宗教が牙をむく時・1~オウム元信者からのSOS

【魂の事を知りたくて】
2019年12月のある日、私が仕事用に使っているフリーメールにメッセージが届きました。
 『私の周りで起きていることが多くて。不安?不気味?日本という国は大丈夫?』差出人はオウム真理教の元出家信者、大沢ひろみ(仮名)年齢は50代後半で私とほぼ同年代です。
1995年地下鉄サリン事件の数年後に脱会しています。
つい最近のメールには社員旅行で海外に行き、高級ブランドバッグやアクセサリーを買ったことなどが楽しそうに書かれていました。職場の同僚や友達と買い物やカラオケ、居酒屋に行くなど“現世の人”と違和感なく過ごしているようです。地下鉄サリン事件からまもなく25年。当時から取材対象者として接してきた大沢からこんなに切迫したメッセージが届いたのは初めての事です。いま彼女の身に何が起きているのでしょうか。

<大沢ひろみのメール>
『聞ける人があなたしかいないから連絡しました。忙しいのにごめんなさい。近所の誰もいないはずの家から夜中に工事の音が聞こえる。ドライバーや電動ノコギリ。不思議なのは数日ごとに違う家で工事の音が始まる。
日本で急に周囲の家の人がいなくなるなんてことある?外で遊んでいた近所の子どもや、お年寄りの姿もない。素朴な疑問が山のよう。そういうことが無ければ何も考えない』
※(メールの趣旨が変わらないよう配慮の上、個人の特定につながる部分を削除再編しています)
大沢ひろみのメールは、まるでオウム真理教にいた頃に逆戻りしてしまったかのような、不可解な現象に対する不安ばかりが綴られていました。オウム脱会直後であれば多少の揺り戻しは仕方がないとしても、脱会してからすでに20年以上経ちます。それに50代後半という今の年齢を考えれば落ち着いて物事を判断できてもいい頃だと思います。これまで順調に社会復帰して仕事も続けてきたとばかり思っていましたが、妄想か幻覚か彼女の脳内に何かが起こっているのか。私は地下鉄サリン事件当時からの取材メモを開いて彼女に関する情報に目を通しました。

<1995年当時の取材メモ>
 大沢ひろみ 入信したきっかけ。子供のころから飼っていた猫が死んで悲しかったから。猫の死をきっかけに魂や輪廻転生について考えるようになり、ちょうどそのタイミングで知人に誘われてオウムに入信。
松本智津夫の終末思想を信じ1990年の石垣島セミナーに参加。
全財産を教団にお布施したがハルマゲドンは起きなかった。しかし、大沢は修行での「神秘体験」を松本智津夫の霊的力と信じて出家した。

1995年オウム真理教の一連の事件が毎日報じられていた当時、私はテレビ局の報道番組で取材ディレクターをしていました。取材過程でよく顔を合わせるようになった出家信者に根気よく話しかけるようにしていましたが、彼らは地鉄サリン事件はでっち上げとか巨大な組織による宗教弾圧だと言ってオウムが引き起こした凶悪事件を信じようとしません。私は根気よく新聞の記事や裁判傍聴記を読み聞かせていました。「そんなのマスコミのでっち上げに決まってますよね」と鼻で笑いながらも耳を傾けてくれる信者もいたので、どんなに話がかみ合わなくてもかろうじて取材と対話を続けることができました。
出家信者の中には「魔境に入った」などとうそぶいて教団の戒律を破り、食事やコーヒー煙草をおごってくれたら何かネタを提供してもいいよなどと言う信者も少なからずいました。当時は普及し始めたばかりの携帯電話を買ってくれとねだる者もいました。
「携帯電話があったらすぐに情報リークしてやれるのに。特ダネ取り逃してもいいの?」
どんな情報が特ダネだと思っているのかもわかりませんが、そういう信者に限って肝心な事件については何も知らないものです。自分は正義のつもりでいる、そんな信者のたかりに付き合って刑事ドラマのように煙草にテレホンカードを輪ゴムで留めて渡したこともあります。情報を期待するのではなく、どこかの誰かに、電話をかける相手がいるだけでオウムから脱会するきっかけになるのではないかと思ったからです。

大沢ひろみは周りの若い信者がちょっと煙たがるよう真面目な存在で、禁欲的な修行生活を送っていました。オウム真理教の教祖、松本智津夫が唱えていた終末思想や陰謀説を当時は本気で信じていました。最初の頃は「報道の人なんて取材もろくにしないで嘘ばかり書いていますよね」と何度も言われたことがあります。いつも猜疑心の塊のような眼差しをこちらに向けていましたが、私が挨拶代わりに毎回裁判の内容を伝えるうちに、少し距離を置きながらも大沢ひろみは自分から話しかけて来るようになりました。決定的に距離が縮まったのは大沢の唐突な質問でした。

大沢「魂ってあると思いますか」
私「えっ魂ですか。あるかないか。うーんその前に魂の定義って何ですか?」
大沢「またそういう堅いこと言って。何でもいいんです、あなたが思う魂のことなら」
私「ああ、そういう話術でいつも信者を勧誘するの?」
大沢「いいえ導きと言ってください」
オウム対マスコミ。お互いせっかくつかんだ糸が切れないように慎重に会話を続けました。
私「魂ね。心とか思考という意味でなら、それはあるよね」
大沢「そうですか否定しないんですね」
私「それを霊魂とかさ、幽霊っていうと信じないよ」
大沢「じゃあ死んだらそれは、魂はどうなると思います?」
来た。魂のテスト。ここで解答を間違えたら取材は終わってしまうかもしれません。落ち着いて考えよう。これまでも何度かインタビューをした出家信者や道場のリーダーに「魂のこと」を聞かれたことがありました。しかし私は正しいと思える答えなど持ち合わせいないので、一度も魂のテストで合格したことはありません。どこかで拾い読みをした記憶の欠片をかき集めても、何が正解なのかわかりません。彼女が求める答えと違っていてもいい。私は思ったことを正直に答えることだけに集中しました。
私「魂は電気または熱のような流動体、だったかな?何で読んだのかバルザックの何だったか出典がうろ覚えだけど、それが感覚的に一番しっくりするかな」
そんな自信の無い答えに大沢は反応しました。
大沢「難しいこと言われても私はわからないんですけど。それは魂は電気や熱みたいなものなら肉体が滅びたらどうなるの?どこへ行くの?」
腹巻「電気ならニョロニョロみたいに仲間と帯電出来るかも知れませんね。あのムーミン谷のやつらみたいに」
大沢「ふうん、いいですね。私はその魂について知りたくてオウムに入ったんです」
意外なことに魂の考察テストで私は大沢から合格点を貰えたようでした。
話はまったくかみ合っているとは思えませんでしたし、肝心な私の取材に関してはあまり成果がありませんでした。しかし大沢にとっては何か思うところがあったらしく、この日を境に積極的に意思の疎通を図ろうとする変化を感じました。
(つづく)

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