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ハラマキ通信 心に残る一枚の写真

1976年 私の出発点

自分が撮影した写真の中で記憶に残る一枚は、夕暮れ時の河川敷。
父から「お前にカメラを教えてやろう」と言われたのは確か小学五年生だったので1976 年頃の多摩川の風景です。
カメラの機種はCanon model 7  レンズは50㎜ 一眼レフではなく、レンジファインダーでした。フィルムはネオパンSS 白黒のASA 100…いまはISO というのよね。気圧もミリバールからヘクトパスカルに代わり、円周率も3.14ではなくなってしまったそうだけど、一般常識なんてあっという間に古くなってしまうから、私は時代遅れのまま今も変わらず生きています。
1970年代の多摩川は排水溝から大量の汚水が垂れ流されて悪臭を放っていました。汚水はピンクや青緑、どす黒い灰色と様々に変化して泡がたっていたのを覚えています。日本全国で公害病が問題になり、川も海も、空も、魚も人も蝕まれて死を待っていたのです。川原の野良犬たちの群れさえも。
父のカメラを譲り受けてから五十年が経ちました。ニッポンから公害病は消えたの? 誰か汚水を透明に、きれいにしたのかしら。いいえ、私はただ多摩川の河川敷をぼんやり眺めているだけだった。大人になったはずなのに何もしてこなかった。

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