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カルト宗教が牙をむく時・7~脱会後も恐怖が心を支配する

【教祖への帰依と恐怖を解くカギ】
オウム真理教の教祖・松本智津夫の死刑が執行後、元出家信者 大沢ひろみからの助けを求めるメッセージはどんどん深刻になって行きました。
<大沢ひろみのメール>
『怒らないで、不愉快にも思わないで読んで欲しい。私は真面目に考えています。私はこれから先の人生で自殺をする事も、自分から行方不明になる事も、何か事件を起こす事も絶対に無い。家族と、生活を守るのに必死です。もし、私の身に何かが起こったら・・・真剣に調べて下さいませんか?それが家族を守る唯一の方法だと思えます。いつも激務で忙しいのに申し訳ないのですが、あなたにしかお願い出来ないのです』
※(メールの文章は趣旨が変わらないよう配慮の上、個人の特定につながる部分を削除再編しています)

さて、私はどう返事をすべきか。
大沢がもし心療内科で診察を受けたとしても、日常の顔と心の中だけの〝二つの顔〟を巧みに使い分けることでしょう。そういう場面で「集団ストーカー」などと言い出してはいけないと察知する能力はあるのです。そして「治療と称して私を薬漬けにする気だ」と気配を察知してすり抜けるに違いありません。大沢ひろみが“もう一つの顔”を隠し続けている限り、家族や身近な人たちが気づくのは難しいと思います。おそらく大沢のような“症状”のオウム信者は、多数存在していると思うのです。

大沢が教団で培われたという「不安と恐怖」を理解できるのは、皮肉なことに共に集団生活を送ったオウム真理教信者たち以外はほとんどいないのではないでしょうか。恐怖から逃れたいという気持ちが逆に働いて、オウムの昔の修行仲間といると安心感を得られると教団に戻ってしまう人もいます。
脱会した同士で教団施設のあった場所を訪ね歩く〝聖地巡り〟を始めてしまう人たちも少なからずいます。それが良いことか悪いことかという判断は私にはできませんが、私は絶対に関わらないことにしています。意味もなく、あの残虐な事件の記憶をたどることなど、とても出来ません。
教団を脱会した人などから、元信者の誰それの消息を教えてほしいと聞かれることがよくあります。
私は当然ながら脱会した人同士であっても、その後の情報を伝えたり、伝言を取り次いだりすることは一切しません。現役信者でも脱会した元信者であっても、取材対象者と決めた人以外連絡を取り合わないことにしています。私と関わることが引き金になって、様々な記憶がフラッシュバックする可能性も大いにあるのです。
完全に松本智津夫への信仰心を捨てたという確証など得られないと思っていますし、単純に信仰心だけが問題ではないと思っています。信仰は捨てても神秘体験と修行は本物だという人。社会復帰で挫折して仲間の元へ戻ってしまう人。様々な理由が複合に連鎖していて、何がきっかけで元に戻ってしまうかわからないのです。

【松本智津夫が残した罪】
私は「不安と恐怖」のカギを握っているのは教祖・松本智津夫の言葉ではないかと思っています。
『女は特にだが、オウムを脱会してグルへの帰依を捨てたら気が狂うか死ぬしかない』
私は数人からこの言葉を聞いています。最終解脱者を名乗っていた教祖・松本智津夫が残した言葉は、家族や友人と平穏な日常生活を営みながらも、ふと頭をよぎることがあるそうです。
もう一つ、カギを握るのは地獄の恐怖を疑似体験する修行です。地獄があるのかないのかという議論はさておき、オウム真理教では教団施設の真っ暗な独房で地獄や死を連想させる残酷な映像を見せるという修行がありました。戦争、飛行機事故のニュース映像やホラー映画が編集されていて、大音量で教祖・松本智津夫の声が流れるのだそうです。
私はいい歳をした大人がちょっと怖い映画を見たくらいで地獄とか悪魔が実在すると信じ込むわけがないと思うのですが、実際にその修行を受けた人に話を聞くと本当に精神が崩壊しそうなほど怖かったといいます。
<取材メモ:地獄の独房修行?証言>
「脱会した今では、地獄なんて絵空事で少なくとも自分が生きているこの世にはない。頭ではそうわかっていますよ。でも夜が怖いんです。暗闇が怖い。繰り返しこれが地獄だと見せられた映像が夢の中に出てくるんです」
別の元出家信者は。
「夜が降りてきて明かりを消すと、天井がゆっくり落ちてきて、自分の肉体が押しつぶされるような錯覚に襲われて、叫び声をあげて飛び起きることもあります」
「目を閉じると自分の血や肉が飛び散って…骨がごりごりって砕ける音が聴こえてきて。もう脱会して何年も経つのにサティアンの独房で修行をしているのかと錯覚をしたり」
「壁のシミが人の顔に見えて飲み込まれそうになる…」

東信徒庁長官だった女性幹部も東京拘置所の中で恐怖の残像に苦しんでいたようです。教団関係者への取材で、担当弁護士から教団に伝えられた話として聞いたものです。
「暗闇が恐い。眠れない。涙が止まらない。
辞めたら狂うか自殺しか道はない」
私は東信徒庁トップが、教団組織の引き締めを図るために伝えたメッセージとは思えませんでした。本当に恐怖に悩まされているのだと思いました。

『グルへの帰依を捨てたら気が狂うか死ぬしかない』
この教祖・松本智津夫の言葉とともに、独房で見せられた残酷な映像が、いわゆるマインド・コントロールの時限爆弾として記憶の奥深くに打ち込まれているのではないか。事件から25年が過ぎ、教祖の死刑が執行された今、時限爆弾のタイマーがZEROに近づいているのか。

オウム真理教の教祖ら13人の死刑が執行されたあと、数人の元出家信者から会って話したいことがあると連絡をしてきました。
Rもその一人で仕事場に電話をかけてきました。
R『もう事件も何もかもすべて終わったことですしね、久しぶりに会いたいですね』
私はあなたの取材をする気はないので会う理由がないと断ると、あの大沢ひろみはどうしていますか、連絡先を教えてほしいと言うのです。
もちろん「一切教えません」と即答しました。すると。
R「どうして大沢さんの連絡先を教えてくれないんですか!私は完全にオウムを脱会しているし、彼女が今どうしているか心配なだけなのに!」
個人の情報は他言しないと何度言っても執拗に食い下がるのです。
R「彼女が今どんなに苦しんでいるか私にはわかってあげられるから。それを邪魔する権利なんてあなたにはないはずです!」
私「いやいや、他人の力を借りなければ会えないのなら、それもあなたのご縁なのですよ。きっとね」
R「ばかにしないで!私がどれだけ彼女を心配しているか、あなたなんかにはわからないでしょう?」
私は感覚的に元信者Rがまだオウム時代の“魂の救済”というストーリーを演じ続けようとしているのだと思いました。自分は選ばれし魂であり魔境に迷う朋友を救済に導く使命がある、マスコミなどとは魂の地位が違うのだと。
私「それは彼女のためですか?あなたのためですか?あなたが知りたいだけでしょう?今の自分と彼女を比較したいだけで」
Rの抱える“地雷”を私は見事に踏み抜いたようでした。
Rは電話の向こうで泣き叫び、私をののしり続けました。
夜の遅い時間で私はまだ仕事中でしたので、しばらく受話器を放置していたら電話は切れていました。
電話をかけてきた元出家信者Rも、特に松本智津夫への信仰心は感じられないのですが、大沢ひろみと同じように「不安と恐怖」という時限爆弾を埋め込まれているのかもしれません。あのオウムの記憶を手繰り寄せることで不安が和らいだり、非日常的な刺激を懐かしんでいるようにもみえるのです。自分たちはあの時代に特別な体験をした存在だという少しねじれた特別意識、プライドみたいなものを私にぶつけているのではないか。
その後も何度か直筆の手紙やメールが届きましたが、私はRを取材対象者として見ていないと無視を決め込んでいるうちに連絡は途絶えました。
一般社会の中でオウムの時限爆弾を抱えて生きていくのはとても苦しいことだと思います。いまも多くの元信者、現役信者たちがグルとして最終解脱者だと信じた松本智津夫の呪縛に苦しみながら漂流を続けているのです。

私はこれまで多くの凶悪事件を取材する上で、犯罪心理の専門家に幾度も解説を依頼してきました。しかし私自身は心理学や精神分析を学んだことはありません。オウム真理教信者の脱会に協力はしてきましたが、マインド・コントロールというものの実態も定義も、実はいまだに理解できていません。何でもマインドコントロールという言葉でひとくくりにするのは違う気がするのです。宗教者でも精神科の専門医師、脳科学者でもない私には、助けを求めて苦しんでいる大沢ひろみを救い出すことはできません。私に出来ることは彼女に心療内科の診察やカウンセリングを受けさせること。そして頭の中に住み着く「集団ストーカー」の正体を暴いて見せてやることだと思うのです。
(つづく)

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