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大仏開眼への道6~東と西の分かれ道

療養生活はあまりにヒマ過ぎて、社会復帰に向けて文章を書く練習をしているのですが、ついダラダラと長文になっていけません。

さて、少し頭を整理して書き始めます。
目の手術で先日入院した病棟は女性専用フロアでした。
エレベーターを降りて左側の西棟は産科。
妊婦の病室カーテンはピンク色。
新生児室があって、時々生まれたばかりの赤ちゃんの声が響く特別な場所です。
右側の東棟は女性診療科のがん患者が多いようです。
新しく誕生した命は、日が沈む西棟。
死と隣り合わせの患者は日が昇る東棟。
西と東の分かれ道は生と死の分岐点。
私はいつも東に曲がって病室に戻ります。

2021年4月。新型コロナウイルスの感染防止対策で入院病棟は面会禁止ですが、産まれてくる新生児のお父さんだけは特別にデイルームという共有スペースで待機することが許されています。
ある日のデイルーム。身長180㎝以上体重も100㎏はありそうな巨漢が看護師の前に仁王立ちしていました。  

「産まれましたよ。
赤ちゃん、ほら元気な女の子ですよ」

私もつい横から透明なケースを覗き込むと、小さな小さな手が動いていました。巨漢のお父さんは固まったまま。
「大丈夫ですか? 緊張しちゃった? 
お父さん 元気な赤ちゃんですよ」
突然ウフォッ!と大きく息を吸い込むと体を震わせたお父さんは顔を真っ赤にしてなおも無言です。
初めて対面する小さな命、でもコロナ禍の感染防止対策で直接触れることはできないようです。妻ともまだ面会はできないらしい。
新たな家族の記念すべき日、父となった男性に与えられた面会時間はわずか数分でした。

♪西から昇ったおひさまが東に沈む~
その逆だから、日の出は東。
と、頭の中でくだらない言葉遊びを繰り返しながらいつもの分岐点を東に曲がります。

私が入院している東333号室はベッド数8床でそのうち3人が子宮や卵巣がんの手術を受ける予定です。そういう私もがんサバイバー1年生ですが今回は眼の手術です。
退院の前日。夕食前に隣のベッドで異変がありました。
パルスオキシメーターで酸素濃度を測っていた看護師が「あれ急に、苦しくない?」と言いました。
「酸素しようか、口元のマスクだと苦しい?お鼻にする?」
「うん、我慢するよ」と言う声は隣の私にもしっかり聞こえました。
「ご飯いらない?バナナだけでも食べないと元気にならないよ」
「うん食べるよ、わがまま言わない」
隣の女性はいつも「わがまま言わないよ」が口癖でした。

翌朝、私が眼科の診察を終えて病室に戻ると隣のベッドに医師と看護師が数人、そして女性の夫らしき男性の背中が見えました。
カーテン越しに声が聞こえてきます。
「私も手術したばっかりで体が動かないもんで、正直ほっとしました。老々介護で2人で生きるの無理だから」
夫から妻への別れの言葉は。
「ありがとうね、ゆっくり眠ってね、
ああもう手が冷たくなっちゃったね…
俺のことは心配しないでさ
よくがんばったよ」
そして医師が厳かに11時14分死亡確認ですと告げました。
70歳の誕生日まであと一週間でした。

担当の看護師が「私にお体きれいにさせてください」とカーテンを閉めました。
私は退院の書類が届くまでの間カーテン1枚を隔てたベッドで、看護師が女性に語りかけるのを聞いていました。
「きのうまでたくさんお話してくれてたのに
でもがんばったね 
点滴抜こうね  痛かったね」
それはとても気持ちの安らぐお別れの時間でした。
病院は誰もが来た時よりも元気になって家に帰りたいと願うはず。
あしたも必ず太陽は東から昇る、そう思いながら私は病室を後にしました。

A病棟333号室ベッド数8床 
5月18日(火)
1人目 がん検査 陰性 退院
2人目 がん手術
3人目 ヘルニア術後 車いす
4人目 術後酸素ボンベ安静
5人目 仏壇ロウソク火傷ばあちゃん手術
6人目 がん手術 朝浣腸
7人目 腹巻き猫  退院
8人目 11時14分死亡確認

看護師さんはきょうも「命を守る仕事」に向き合っています。

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