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大仏開眼への道4~眼球防衛隊

がんサバイバーが次々と出現する眼の疾患と闘う記録。基礎疾患に1型糖尿病を抱える。

5月14日(金)
左の網膜に出来た新生血管の怪物が破裂してから、二週間が経っていました。
眼の中の汚濁した状態は変わることもなく、血管の切れ端が時折ひらひらと揺れ動いて見えます。
手術室に入ると眼球防衛隊が勢揃いしていました。N医師とすっかり顔なじみになった看護師さんたち、そして眼球防衛隊トップの眼科部長が小さい丸椅子に腰かけて圧倒的な存在感を放っています。

きょう行うのは「硝子体切除」の手術です。
まずは眼球に三か所穴を開け、内視鏡で切れた血管を切除します。
眼球内部にあるゼリー状の硝子体という物質が血液や残骸で汚濁しているので、この硝子体をきれいに取り除いて洗浄。仕上げにレーザー光で毛細血管の弱い部分を焼き固める手順です。
今回も部分麻酔で行うので、音はすべて聞こえています。
まぶたを広げて器具で固定すると、強烈なスポットライトで眼がくらんで手術開始です。

眼の中の端の方で、細いチューブがくねくねと動くのが見えます。
部長「基本的なことだけどね、浮いてる血管の根元からカッター入れて立たせる」
「そうそう、立たせておいて、切る」
N医師「切り離していいんですか」
部長「いいから。それで切れ端を吸い込む」

おおっ部長、基本を今ここで指導ですか…
部長「出血している場所を確認して。他にもあるからきちんと焼き切って処理する」
細かい指示が飛ぶ。部長がいるという安心感と不安がごちゃまぜで体が硬直して、ああいけないっ足がつりそうになります。
「力を抜いて はいリラックスして」
そう言われると、かえって緊張が高まって体が冷えてくるのがわかります。
眼の中に3本も管を差し込まれてリラックスできる人などいるわけがない。
強烈な光が差し込む眼の中に、何度も血が流れては吸い出され、きれいな水が渦を巻いて流入しては血が流れ、私の眼球の中で浄化が繰り返されます。
「はい、最後はレーザーで細かい部分を焼き固めて、仕上げる」
それは花火大会のフィナーレをも超越して、色も失うほど強い光が瞬く間もなく連続して、網膜が、眼球がじんじん振動します。
「もう少しですからね動かないでね」
「んんーっ」
私もマスクをしているので、くぐもった声は言葉になりません。
「レーザー間違ってど真ん中に当たっちゃうと失明しますから」
脇腹を冷たい汗が流れて行きます。
力を抜いてリラックス。失明しないように。冷たい汗が流れます。
じんじんと私の体の奥深い、今まで存在も知らなかった部分が痛む。
眼球がレーザーの連続放射を受けて揺れる。
まだ終わらない、まだまだ終わらない。
いつまで続くのか、やまない雨はない。
心を無にして激しい光と振動を受け止める。
「はい、がんばりましたね、手術うまくいきましたよ。中きれいになって出血も止まりました」
N医師がやさしく声をかけてくれました。
手術台からゆっくり起き上がった時にはもう部長の姿はありませんでした。
二時間に及ぶ大手術で私はぐったり疲れましたが、医師と看護師の最後まで決して気を抜かない集中力は凄みがありました。
~つづく~

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