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ハラマキ通信 この万年筆を愛する理由~筆記具考

仕事を終えた日曜日の夕方、久しぶりに銀座二丁目にある老舗文具店をのぞくと外国人観光客でにぎわっていました。アジア圏よりも欧米らしき人の割合が多いように見えます。“安いニッポン”は買い物天国。大型連休前の1ドル158円という34年ぶりの円安が買い物熱に拍車をかけているようですが、私の財布は危機的状況が続いてギュッと口を閉ざしたままです。
一階フロアはLAMY万年筆の限定色フィールドグリーンで壁一面が彩られていて、金髪の女性が手に取ったグリーンの万年筆はキラキラと輝いて見えました。
毎年LAMYは限定色を発売していて2024年の限定色はピンククリフとヴァイオレットブラックベリーです。どちらも少しの闇を含んだような配色に見えるのですが、ジャパンアニメの“ダークサイド”を意識したデザインなのかしら。ブラックベリーのインクも試してみたいと心が揺れるけれど、まだまだボトルのインクがたっぷりあるのでぐっと我慢。この日は大きな目的があっての訪問ですが、その話はまた後日にゆっくり書くことにします。

2014年のサプライズ

私が所有しているLAMYのsafari 万年筆はつや消しの焦げ茶のような黒のような沈んだ色をしています。10年前、実家へ帰った時に電話台のペン立てにあるのを見つけました。
「お父さんがLAMYの万年筆なんてめずらしいよね どうしたの」
「無骨な感じでかっこいいだろう 仕事のお得意様にもらったんだよ」
フリーランスで原稿を執筆して生計を立てている父は普段パイロットやモンブラン の万年筆を愛用しているので、学生や若者が好みそうなこの一本をかっこいいと言うのは意外に思えました。
「デザインがいいだろう ペン先もしっかりして書きやすいからお前にやるよ 」
私はいつも無愛想な父が〝かっこいい万年筆〟をくれたことがうれしくてハンカチに包んでそっとカバンにしまいました。

safari の旧式コンバーター

家に帰ってからよく万年筆を確かめると中にはコンバーターが入っていました。しかも古いポンプ式で腹をぺこぺこ押してインクを吸うタイプでLAMYの刻印があります。パーカーのポンプ式はいくつか所有していますがLAMYのポンプ式を見たのは初めてです。safariのデザインには近代的なイメージを持っていましたが、この万年筆は結構古いらしくある重大な問題を抱えていました。
キャップを閉めるとパチンと音がするはずですが何度キャップを差してもパチンという音がしない。インナーキャップが割れてしまって密閉されないのです。これではインクが乾いてすぐに使い物にならなくなってしまいます。
せっかく父からもらった万年筆が朽ち果ててガラクタになってしまうのは心苦しい。万年筆の命であるペン先を損傷したわけではないので修理代もそれほど高額ではないはずです。
私は職場からほど近い銀座伊東屋に行って相談すると、やはり交換パーツはありそうだということで見積もりをお願いしました。
そして数日後・・・
伊東屋から連絡がありました。
「ありがとうございます。お代はいくらでしょうか」
「修理代は無料です」
えっ?無料とはどういうこと?やはり修理は出来なかったのでしょうか。
「大切にお使いいただいてありがとうございます。お客様の万年筆は30年近く前のモデルでして今は製造していないことがわかりました」
safariのデザインは昔から変わっていないと思い込んでいましたが、パーツの細部はモデルチェンジをしているようなのです。
「じゃあもうパーツも無いんですね あきらめます」
「いえいえ、修理は完了していますよ。すでに廃版になっているモデルですが今回メーカー側が対応してくれましたのでキャップはきちんと閉まるように修理されています」
「では修理のお代は?」
「現在の修理項目表にはこの修理の値段がありませんので、今回お代をいただくことはできません」
大切に手入れをしていたら割れなかったであろう万年筆を、メーカーは簡単に見捨てることはしませんでした。廃版でパーツがないはずの万年筆をどうやって修理してくださったのでしょうか。倉庫を捜索したのかドナーを探してくださったのか。しかも料金表に記載が無いから修理代が無料とは。万年筆メーカーの矜恃に私は言葉を失い、ただ電話を握りしめたまま深々と頭を下げることしか出来ませんでした。この1本をいつまでも大切に使わせていただきます。
そして私の願いを聞き届けてくださった伊東屋の担当様、心から感謝いたします。

あれから10年が過ぎましたが私のsafari 万年筆は今も健在ですからもう40年以上現役で文章を綴っています。
そして2024年3月15日 ドイツのハイデルベルクに本社を置くLAMYは日本の三菱鉛筆の連結子会社になりました。これからも世界のみなさまに愛される文具メーカーでありますように。末永くお付き合いさせていただきますのでよろしくお願いします。
腹巻き猫

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