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大仏開眼への道1~手術台の恐怖

2021年の目標は視力を取り戻すこと。
抗がん剤の副作用と基礎疾患である1型糖尿病などによる合併症が、多重衝突事故の様に眼球内で疾患を引き起こしていました。
黄斑浮腫、網膜症、白内障。それらを一つずつ治療していかなければ私は視力を失うことになるのです。
まず最初に着手したのは黄斑浮腫の治療でした。一本5万円という高額な眼球注射を数回った確実に効果があらわれて、4か月後には眼鏡をかけて視力矯正をすれば、以前とほぼ同じくらいまで見えるようになりました。
もう絶望的と思っていた運転免許証も三度目にして適性検査に合格して無事に更新することができました。
眼科のN医師からは
「一定の水準まで症状の改善がみられたので、ここで白内障の手術をしましょう。年齢の割にかなり白内障が進行していますが、手術でもっときれいに見えるようになりますよ」と提案されました。

白内障はレンズの役割をする水晶体が白く濁って見えにくくなるものです。手術でこの水晶体を破砕して吸い出し、人工レンズを装着します。実質15分ほどで終わり、日帰りで受けられる手術です。しかし感染症などのリスクは少なからずあります。
私が緊張している気配を察したN医師は。
「成功率は99%で、逆に失敗する確率は1%というか、ほぼ0.1%に等しいですね。
よほど何かの不測の事態が起きないかぎり大丈夫ですよ」と言いました。
失敗することはまずないとしても、眼球の手術は目を閉じていては出来ませんから、詳しく手術の仕方を聞くほど緊張してきます。
眼球に注射をするのも怖いけれど、白内障の手術のほうがもっともっと怖いと思いながら、私は手術の承諾書にサインをしました。

私の職場の同期もすでに白内障手術をしていて「世の中が見違えるほどきれいに見える、パソコンも書類も楽々作業が進む」と言っていました。これで私も新聞を読んだり原稿を書く不自由から解放されるのです。
白内障の手術にたどり着くまで、長い道のりでした。

全身麻酔と局所麻酔 

手術はいつだって不安です。
体にメスが入ることも怖いけれど、それは麻酔が効いている最中の事ですから知る由もありません。むしろ私が気になるのは「麻酔」なのです。
3年前の大雪が降った日、私は東京の芝公園にあるホテルの玄関前で滑って足首を骨折しました。全身麻酔で手術を受けたのですが、麻酔が切れる直前に私は大声で叫んだのをはっきり覚えています。
「社会部の原稿間に合わないから項目の順番を落として!」
・・・大丈夫ですか~ 聞こえますか~
「リードが変わるからタイトルスーパーも変えるからっ」
・・・終わりましたよ ここ手術室ですから 
わ、か、り、ま、す?
医師に揺り起こされてはっと目覚めました。
夢を見ていました。それは私の職場であるテレビの報道局ではよくあるワンシーンで、生放送で原稿が間に合わず、秒刻みで対応に追われる夢でした。
「もう骨折してよかったかもしれませんね。毎日そんな緊張する仕事してたらストレスで体が持ちませんよ」
手術台の上で私は本当に恥ずかしい思いをしました。

子宮体がんの時も全身麻酔でした。
また麻酔が切れる時に叫んだらどうしよう。でもどんなに恥ずかしいことを叫ぶかなんて予測も出来ませんし防ぎようもありません。
また何かを叫んだのかどうか…
後で看護師に聞いてみましたが、静かに眠っていましたよと笑っていたので真相はわかりません。

そして、今回の白内障手術は点眼薬による局所麻酔です。
当然意識もはっきりしていて手術中の音も会話もすべて聞こえるのです。
その恐怖に耐えられるのでしょうか。

アテンション! 警告音が鳴り響く

3月23日 右目手術の日。
前の晩は、あまり眠れませんでした。
歯科の椅子のような手術台に自分で這い上がると仰向けになりました。
まぶたを器具で固定され、目を閉じることはできません。
「はい、まぶしくなりますよ」
スポットライトが直接目に照射されます。
視界はハレーションのような状態です。

手術を開始してすぐに異変は起きました。
「あれ、なんで?なんでだ?」
N医師の上ずった声が聞こえて、私の顔をぐっと強く押さえつける手。
「アテンション!アテンション!」
機械の警告音が響きます。
医師の手が止まり明らかに動揺しているのが伝わります。
局部麻酔なので、緊迫する医師の息遣いや慌ただしい足音まですべての音が聞こえます。
「30までさげられる?出来ない」
「もう一度、念のためあれ用意して」
「あれ? 出来ない」
明らかに緊急事態が発生していますが、何が起きているのはわかりません。
「アテンション!アテンション!」
機械の警告音が繰り返し鳴り響いています。
「ON・OFFして…
これ部長の設定”#$%&*+」
「だめだこれ、いいよもう」
いいよもうって なんだよそれ…
中途半端に放り出したような口調。
N医師の手に力が入って、眼球の中をぐりぐりされている感触。
何度も何度も目の中に液体が流れ込んで渦巻き、またぐりぐり。
液体が目の中で渦巻いてぐりぐり。あまりにも強い力で顔を抑え込まれて、首の筋肉がもう限界に近いほどしびれています。

そしてN医師の声が、私に語りかけました。
「あの、聞こえてますか。水晶体の袋の弱いところ破けちゃった」
手術は失敗したのでしょうか。
「でも一応レンズは入ったから視力には問題ないはずだから」
手術台の私は動くこともできず。
「ん? うん、はい」とだけしか、その時は答えられませんでした。
~つづく~

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