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かぼちゃの茶巾絞りの秘密


私が同棲していた彼に口癖のように
「野菜を食べなさい」と言うようになったのは
ちゃんとした訳がある

彼がまだ1回生の頃、栄養失調で倒れたからだ
授業の空き時間の練習で彼と同じ学部の部員から聞いて知った

偏りすぎた食事をしていたら倒れたそうだ

気になって電話をかけた

「体調どう?」
「病院でビタミン剤とかもらったから大丈夫」
「まだしんどい?」
「動けない」
「分かった、困ったら連絡して」
「ありがとう」

短い会話だったがとても弱っていて
心配でならなかった

その日の全体練習の前に私は先輩に
初めて嘘をついて練習を休んだ

頬を押さえながら
「すみません…治療中の歯が痛くて歯医者に行きたいです」

「行っておいで、お大事にね」

バレなかった…。ホッ…。ちょっと良心が痛んだ。


バイクに乗り100均一で必要なものを揃える
使い捨ての容器をたくさん
割り箸
紙コップ

スーパーに寄り、惣菜屋で使っている食材を買う
もう4年も働いていたらレシピも覚えている

ふと彼の出身地ラベルの貼られたかぼちゃが目に入った
栄養も取れるしアレ作ろう
缶詰やフルーツ缶と2Lのお茶も3本買う
持てる重さの限界まで買った


実家に帰宅してキッチンを占領して大量の常備菜を作る

炊飯器に手羽元を入れ餅を切って実家にある野菜も少し入れて味付けをして炊飯する。参鶏湯だ。

根菜のきんぴら、高野豆腐、だし巻き卵、鯖の梅煮、煮卵、ふろふき大根、かぼちゃの煮物、ジャガイモとひき肉のトロトロ煮、ひじきと人参。

日持ちするものを中心に作る
実家の野菜も使ってガンガン作っていく

3つ口コンロを駆使して次々に仕上げていく
粗熱を取り容器に詰めた

蒸しておいたかぼちゃを裏ごしして茶巾絞りにして詰める

17:30くらいになっていた

また彼に電話をかけた
「何度もごめんね、起きてた?」
「起きてた」
「晩ご飯食べた?」 
「まだだけど」
「バイト先で余りが出たから食べてくれる?」

本日2度目の嘘だった

「…こんな時間に余り出ないだろ」
「嫌ならいいよ」
「ごめんって、食べたいってば」
「じゃぁ持っていく、20分くらいで着くから」


めちゃくちゃ大きなリュックに買ったものと
作ったものを詰める
液ダレしないようにビニールに入れて布で包む
大切にバイクで運ぶ

彼の部屋番号を押して
「どうも〜出前です」と言う

「はいはい」
と言われてオートロックを開けてもらう

「何その荷物…」

引かれた

「何も食べるものがないのかもって思って色々買ってきた」


日持ちしないものと保存できるものを説明しながら冷蔵庫に入れていく

「心配かけてごめん」
「うん、みんな心配してる」

「なんで食べ物食べなかったの?」
食欲なかったの?

「いや、先月弓具のポンドアップで弓具買い替えあったからお金なくなっちゃった、仕送りとバイト代で全部支払ったら食えなくなった」

この短期間に出費が続くシステムに疑問を持っていた、いつかお金が続かない子が出てくる
それで身を持ち崩すなんて本末転倒だ
見ていて辛い

「そっか。分かる、すごい出費だったよね。私も貯金ギリギリだった。でも飢えちゃったらダメでしょ…実家には言えない?」

「うん、ちょっと言えない。下宿するだけでも結構金かかってるし」

「弓具屋の方ローンに切り替えてもらう?」

「でもローンにしたら余計に高くつくから」

困ったな〜…

「腹減ってるから食べていい?」

「いいよ」
いい食べっぷりだった
鶏の手羽元の軟骨も器用に外して食べてくれた

実はこの家にはお米だけは大量にあるのだ
米農家の長男だから毎日5合食べている

「胃に悪いと思ったから今日は揚げ物はやめといたよ」

「うん、だし巻き卵と鶏、超うまい」

「あとコレ、かぼちゃの茶巾絞り。デザートみたいなものだから」

「ありがとう」

「ビタミン剤も効くけど、口から食べるものが1番栄養になるからね。無理しないで食べてね。」

あ、そうだ。と思い出してリュックから
缶詰たちを取り出して部屋の隅に並べていく
お茶も3本置いた

「はい、非常食ね。割り箸とか紙コップもあるから洗い物するのしんどかったら使って」

「え?まじで?助かる」
災害時くらいの缶詰めの量だった

「缶詰は湯煎して食べると栄養の吸収効率上がるからやってみてね」

「分かった」

「で、お金いくらあるの?」
「え?これお金とるの?」
「とらないよ、余りだって言ったでしょ」
「じゃあ、なんで?」

「いいから手持ちいくらある?次の給料日いつ?」
「手持ちは900円くらいで、給料日は大体3週間後です」

「生活できないじゃん」
「もし今度体調崩した時、病院いけないよ?困るでしょ」

あらかじめ30000円入れておいた封筒を出す

封筒を見ただけで察した彼が
「いや、いいよ。同回生なのにそんなところまで甘えられないよ」

「私は実家暮らしだから飢えることはない。何ならこの年になっても兄貴からお小遣いももらってる。心配だから受け取ってよ。給料入るたびに分割で返してくれたらいい。」

「…じゃあ、1万だけ貸して」

「ん、分かった。」
2枚は抜いて財布に戻した。

「足りなくなったらいつでも言って」
「夏に色々助けてくれたお礼だから」
熱中症で倒れた時に運んでくれた恩がある


「あと私お惣菜のお店でバイトしてるからよかったら来て、もう少し元気になったら来れる距離だから。」
そういって店のチラシを置いた

「じゃぁ帰るわ、お大事にね」
「体調悪くて動けなくなったら連絡してね」

「ありがとう、気をつけて帰れよ」

「あ、今日、練習サボったから先輩には絶対内緒にしてね」


彼は徐々に元気になってきた
授業には出れるようになって安心だ

私のバイトの日には廃棄品が必ず出る
基本貰えるのでその足で彼の家に行き

「バイト先の余り。良かったら食べて」
「助かる、コーヒー飲んでいくか?」
「じゃぁ1杯だけ」

「もう揚げ物食べれるでしょ?バイト先の塩唐揚げめっちゃ美味しいの、食べて」
急いで来るからまだ温かい

「本当美味しい、お前食べないの?」

「今週単発のバイトでかなり細めのウエディングドレス着るから。夕食は基本0カロリーだよ」
高校生の時からマイナーだがカタログモデルを時々していた
あまりいい報酬にはならないがあの空間が好きだった

「今度写真見せて」
「嫌だ」
「なんでよ」
「ほぼ別人だから」
「いつか見るからな」

数年後見せたら「誰?!」と言っていた

3〜4日に一度多めに惣菜を差し入れていた
本当に余ったものもあれば実は購入したものもあった


彼はすっかり元気になり部活にも出れるようになった。
私が夕方のバイト勤務の日に彼が買いに来てくれた。

「来たよ。めっちゃ遠いじゃんか」

「いらっしゃいませ。いい運動になるでしょ」
「どちらになさいますか?」

メニューを見ながら選んでいく
「あれ?あれがない」
「あれってなに?」

「かぼちゃのあれ」
「あー、今日売り切れです」

キッチンから店長の奥さんが出てきた
「えー?何か欠品出てる?
…あらぁ?もしかして、りょうちゃんのお友達?」

「こんにちは、同じ大学のHです。いつもここの惣菜食べさせてもらってます。」
「あのかぼちゃの丸いやつ食べたくて」

「裏メニューなんです…」

会話が噛み合わない

奥さんがニヤニヤしている。
「ふふっ、ごめんねぇ、そうだ唐揚げおまけしてあげるからね!今、暇だし揚げてる間ちょっと話してていいよ」と言って揚げ場に移動していった


しばらく見つめ合った後に

「あのね、あれは茶巾絞りっていうの
普段はさつまいもで作るんだけど、あのかぼちゃはHくんの出身地の名産品だったから…食べ慣れてるかなって思って。ちょっとでもホッとして欲しいって思って作ったの。」

説明してる私も聞いてる方も耳まで真っ赤になる。
「嘘ついてごめんね」

「いや、あれが1番美味しかった。今日もアレ買いに来たようなもんだから」
「また食べたい」

「気が向いたら作ってあげる」

お会計をして買った商品を大切に抱えて「また明日な!」と言って帰った。

どんな顔して会えばいいんだ
顔の火照りがなかなかおさまらない


奥さんに「いいねぇ」とからかわれる
このバイト先には15歳からお世話になっている
随分料理も食材のことも教えてくれた

親のように可愛がってくれる店主夫妻に見られるのはなかなかに恥ずかしかった


後日、お金も返してくれた
利子がわりと言って毎回律儀に私の好きなお菓子もくれた

数年後付き合い出してからは割と頻繁に作った
家で作りながらまだ熱い出来立てを食べたいと言ってキッチンで待っている。

「なんだよ、めっちゃ手間かかるじゃん」
「慣れたらそうでもないよ」

一口サイズにして「あーん」と食べさせる
素直に口を開ける彼が鳥の雛のようで可愛いと思った

「やっぱり1番美味しい」
あの頃のように笑ってくれる彼を愛しく思った。

私の内緒の裏メニュー。

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無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。